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編集長手記/特集「遂げずばやまじ」に込めた思い

■知られざる偉人・大槻玄沢の遺した言葉

「およそ事業は、みだりに興すことあるべからず。思ひさだめて興すことあらば、遂げずばやまじの精神なかるべからず」
 
――事業というのは気ままな気持ちで始めてはならない、心に深く決意して事を興すなら、何があっても必ずやり遂げるという強い思いを持って始めなければならない。
 
『解体新書』を記した杉田玄白や前野良沢の弟子であり、日本における蘭学の基礎を築き上げた先駆者である大槻玄沢(おおつき・げんたく/1757~1827年)が生涯自戒の語としていた言葉です。
 
その一節を拝借して、『致知』2023年1月号の特集テーマを「遂げずばやまじ」としたわけですが、その背景には1人の若手女性編集者の感動が発端にありました。
 
遡ること2年数か月前、『致知』40余年の歴史に刻まれた1万本以上の対談・インタビューから選りすぐりのベスト記事365篇を収録した書籍『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(現在30万部突破のベストセラー)の制作中、その編集者は1本のバックナンバー記事を読み、心が震えたといいます。「歴史上にこんな素晴らしい人物がいたのか」と。『致知』2009年5月号に掲載されている「遂げずばやまじ――『玄海』を完成せしめた大槻文彦の一念」がそれです。
 
国語学者の大槻文彦(おおつき・ふみひこ/1847~1928年)は、29歳の時から17年の歳月をかけて日本初の近代的国語辞書『玄海』を完成させた人物で、大槻玄沢の孫に当たります。
 
当時は明治の草創期。欧米列強と肩を並べるためにも、独立国家として一つの標識になる国語辞書の成立は日本政府にとって急務でした。
 
しかし、17年に及ぶ編纂作業は困難を窮めます。もともと文部省の指示によって始まったものの、途中で出版が立ち消えになりそうだったため、文彦はこれを私費で出版します。大金をはたいて古い典籍を購入するなど、3000冊以上の書物を引用・参考にし、昼夜兼行で四六時中、辞書づくりに打ち込みました。
 
そんな中、生後1歳にもならない次女が結核性脳膜炎で病死し、次いで最愛の妻もチフスに罹って帰らぬ人となってしまうのです。
 
この時ばかりはさすがの文彦も数日間、筆をとる力が出ませんでした。何とか気力を振り絞り、校訂に当たっていたところ、「露命(ろめい/つゆの命、はかなき命」という言葉に出逢い、涙で袖を濡らしたといいます。
 
そのような艱難辛苦を乗り越えて、日本初の近代的国語辞書『玄海』をつくり上げました。文彦はその巻末に編集過程を振り返って次のように綴っています。
 
「遂げずばやまじ(略)おのれ、不肖【ふしょう】にはあれど、平生【へいぜい】、この誡語【かいご】を服膺【ふくよう】す」
 
自分は取るに足りない人間だが、事あるごとに常にこの祖父の言葉を心に留め、忘れず、困難を克服してきた、という意味です。
 
この逸話に感動した若手女性編集者が「遂げずばやまじ」という言葉を特集テーマにすることを編集会議で提案し、それが採用され、このたび実現することになりました。

■柔道女子金メダリスト・阿部詩さんの真骨頂

『致知』2023年1月号特集「遂げずばやまじ」。記念すべき創刊45周年の新年号の表紙を飾っていいただいたのは、柔道選手の阿部詩さん。所属する日本体育大学柔道部女子の監督を務める小嶋新太さんとの対談企画で、もちろん本誌初登場です。
 
発行されて間もない12月4日、柔道グランドスラム東京2022で阿部さんは見事優勝されました。今回の対談は何と1年越しに実現したものであり、世界大会を制したタイミングで掲載することができ、とても感慨深いものがあります。
 
実は、小嶋監督は長年『致知』の愛読者で、先述した『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』を教え子である阿部さんへ東京五輪の直前にプレゼントしてくださいました。プレッシャーに押し潰されそうになっていた時に本書を読み、自分を信じて闘う覚悟が決まったといいます。
 
そのことを私たちが知ったのは、昨夏の東京2020オリンピックで阿部さんが史上初となる兄妹同日金メダルを獲得した翌日の新聞記事でした。そこから師弟対談を打診し、1年かけてようやく11月初旬に取材することができました。
 
阿部さんはとにかく笑顔が素敵で可愛い女性という印象なのですが、取材終了後、撮影のため柔道場に場所を移し、組手の構えをしてもらった際、その真剣な眼差しには鬼気迫るものがありました。
 
日体大の柔道場には「克己」と墨書された大きな額が掲げられているのですが、まさに阿部さんは克己の人であり、それも歯を食いしばっての克己ではなく、京都大学第16代総長・平澤興先生が遺した名言「ニコニコ顔の命懸け」を体現されています。
 
また、1時間半の対談取材で語られた内容は、22歳の大学4年生とは思えぬ心境の深さで、やはり自らの心身を鍛え抜き、世界を相手に闘い、その頂点に立つ者の凄みを感じずにはいられませんでした。
 
◆東京五輪後、両肩の手術・リハビリを乗り越え、いかにして復活を遂げられたのか、その根底にあった思い
 
◆5歳で柔道を始めたきっかけ、厳しい稽古に逃げ腰だった小学生時代、そこから本気で取り組むようになった転機、中学高校時代の恩師から教えてもらった2つの言葉
 
◆高校1年生の時に経験した初めての挫折、それをどう受け止め、再び立ち上がったのか、「負けて強くなる」の真意とは
 
◆厳しい練習と怪我の痛みに耐え、心身共に苦しい状況の時に五輪で闘う覚悟が決まった1冊の本との出逢い、どのようなところに感銘を受け、心境が変化したのか
 
◆試合に向けて日々心懸け実践していること、大舞台でプレッシャーを感じないようにするメンタルの鍛え方
 
◆史上初の兄妹同日金メダル獲得という快挙を達成できた要因、コロナ禍という先の見えない不安を抱える中でモチベーションを維持できた秘訣
 
◆ゾーンに入る瞬間、またゾーンに入ることができる人の特徴
 
◆数多くの選手を育ててきた小嶋監督が語る「一流のトップアスリートに共通する3つの条件」
 
◆阿部詩流「勝負に挑む極意」、部屋の壁に今年の目標と共に貼っている大切な言葉
 
このように学びと感動溢れる盛りだくさんの内容ですが、とりわけ深く心を打たれたのは「オリンピックには魔物がいるとよく言われますが、実際のところはいかがでしたか」との質問に対する阿部さんの返答です。
 
「選手村に入った時にすごく緊張して、オリンピックの雰囲気に呑み込まれそうになったんです。ああ、これが魔物なのかなと思ったりしましたね。初めて出場するオリンピックでしたし、日本で開催されるオリンピックということもあって、やっぱり緊張の度合いは他の大会と全然違いました。
 絶対に金メダルを獲得しないといけない状況で、逃げたい気持ちがなかったと言えば嘘になります。けれども、試合の2~3日前に、こんなに緊張しても仕方がない。これまで準備してきたことに自信を持って、普段通り一戦一戦集中して勝つことだけに意識を向けていこうと心を切り替えることができました」

 
阿部さんはさらに続けます。
 
「私の場合、畳に上がれば魔物は全くいませんでした。魔物は自分の心がつくり出すものかもしれません。すべては自分次第であり、どれだけ万全の準備ができるかで決まる。そのことを今回のオリンピックを経験して強く感じました」
 
これには思わず唸りました。感動を通り越し、感電したような感覚があります。この言葉は柔道やスポーツだけに限らず、あらゆる分野の職業、さらには人生の様々な局面に通じる人間学のエッセンスと言えるのではないでしょうか。

■「遂げずばやまじ」の人生を歩む13名の体験談に学ぶ

新たな年を迎えるに当たり、皆さんがそれぞれ抱いている志、夢、目標、決意を成就するために欠かせない心構えや考え方を、有名無名を問わず各界で一道を切り拓いてこられた方々の体験談を通して学ぶ。それが『致知』の魅力です。
 
読みどころ満載の2023年1月号特集「遂げずばやまじ」の豪華ラインナップを一挙にご紹介いたします。
 
○対談
「人生死ぬまで通過点」

阿部 詩(東京2020オリンピック柔道女子52㎏級金メダリスト)×小嶋新太(日本体育大学柔道部女子監督)
 
史上初兄妹同日金メダル獲得──それが昨夏の東京2020オリンピックでひと際脚光を浴びたことは記憶に新しいでしょう。柔道女子52㎏級で五輪の頂点に立った阿部詩選手は、両肩の怪我、その手術とリハビリを乗り越え、去る10月の世界選手権でも自身3度目の優勝を飾りました。
弱冠22歳の金メダリストはいかにして心身を鍛え抜き、快挙を成し遂げたのか。常日頃、日本体育大学柔道部で指導に当たる小嶋新太監督と共に、これまでの努力と苦難の道のりを辿りながら、勝負に挑む極意や大切にしている人生信条に迫りました。
 
○対談
「〝JALの奇跡〟はかくて実現した」

大西 賢(日本航空元社長)×大田嘉仁(日本航空元会長補佐)
 
事業会社として戦後最大となる総額2兆3,000億円もの負債を抱え、2010年に経営破綻した日本航空(JAL)。そのJALを奇跡といわれる再建に導いたのが、2022年8月に逝去された京セラ創業者の稲盛和夫さんです。
破綻後、社長に抜擢され、難しい経営の舵取りを担った大西賢さんと、京セラ時代から稲盛さんに仕え、会長補佐としてJAL社員の意識改革に奮闘した大田嘉仁さん。
お二人が語り合った、知られざる再建の軌跡、稲盛さんに学んだ経営の要諦、リーダーシップの神髄のお話から、そこにどういう幹部がいるか、それが組織の盛衰を決めることを教えられます。
 
○エッセイ
「遂げずばやまじ 大槻玄沢の歩いた道」
相馬美貴子(一関市博物館主幹)

 
本号の特集テーマ「遂げずばやまじ」は蘭学者・大槻玄沢の言葉です。
日本に初めて西洋医学の知見をもたらした『解体新書』の出版から52年後、不十分だった翻訳を大幅に改訂し、元の2倍以上の内容量に仕上げた『重訂 解体新書』が発刊されました。その改訂に生涯を捧げたのが、蘭学者として、また医者として様々な功績を残した大槻玄沢その人です。
完成までの36年間の歩みを、玄沢の故郷にある一関市博物館主幹の相馬美貴子さんに語っていただきました。知られざる偉人の足跡を辿ることで、「遂げずばやまじ」の言葉の重みを味わえるでしょう。
 
○エッセイ
「勝ち続けるチームのつくり方 帝京大学ラグビー部V10への軌跡」
岩出雅之(帝京大学スポーツ局局長)

 
圧倒的な強さで史上初となる大学選手権9連覇の偉業を達成した帝京大学ラグビー部。しかし連覇が途切れ、2021年度に再び王座を奪還するまでの4年間、日本一から遠ざかる試練の時を経験しました。
25年以上にわたり帝京大学ラグビー部を育て上げてきた岩出雅之さんに、その不振に喘いだ4年間の苦闘を振り返りつつ、常勝集団をつくる秘訣、指導者の条件をお話しいただきました。
最新の組織論、心理学なども取り入れた緻密なチームづくり、Z世代との向き合い方は、あらゆる業種の役職者、指導者にとって参考になるでしょう。
 
○インタビュー
「地域第一級の銘品づくりを日本全国へ」
鎌田真悟(恵那川上屋社長)

 
国民生活の基盤たる一次産業の衰退は著しく、農家の減少にも歯止めがかかっていません。かつて栗菓子の里と呼ばれた岐阜・東美濃地域も例外ではありませんでした。そんな故郷で農商工の連携を主導、〝日本一〟の栗ブランドを育てたのが、恵那川上屋社長の鎌田真悟さんです。現在その手法を国内外で根づかせるべく奔走する氏の、やみがたい銘品づくりへの思いに迫りました。
 
○インタビュー
「〝事故の真相を知りたい〟その父親の一念がドライブレコーダーを生んだ」
片瀬邦博(元全国交通事故遺族の会理事)

 
28年前、東芝の技術者だった片瀬邦博さんは長男の啓章さんを突然の交通事故で亡くしました。片瀬さんは事故の真相を明らかにしたいという一念で、事故を映像で残すための開発に取り組みます。これが後に国内外に広く普及するドライブレコーダーの誕生へと繋がるのです。開発に至る様々なご苦労を交えながら、これまでの道のりを伺いました。
 
○インタビュー
「僻地で闘える医師を育成する 僻地医療への挑戦」
齋藤 学(鹿児島県薩摩川内市下甑手打診療所所長)

 
俳優・吉岡秀隆さん主演の人気テレビドラマで、このたび映画化され話題を呼んでいる『Dr.コトー診療所』。その主人公のモデルとなった手打診療所の瀬戸上健二郎先生の後継者として、3代目所長を務める齋藤学さん、48歳。離島の医師として日々島民の診療に従事しながら、会社の社長として僻地医療の仕組みづくりに奔走する原動力とは何か。
 
○対談
「何としても取り戻す――拉致問題解決に懸ける思い」
横田拓也(「家族会」代表)×西岡 力(「救う会」会長)

 
当時中学1年生だった横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて45年の歳月が経過しました。今日まで拉致被害者救出運動の先頭に立ってきたのが被害者の家族でつくる「家族会」とそれを支援する「救う会」です。
2002年の日朝首脳会談から20年。政府間の交渉は依然膠着状態にありますが、「家族会」の横田拓也代表、「救う会」の西岡力会長は共にいまも解決に向けて全力で走り続けています。
「高齢となった親世代が健全なうちに何としても」という祈りにも似た強烈な一念に、一刻も早い解決を祈らずにはおれません。日本人一人ひとりがどれだけ自分事と受け止められるかがいまこそ問われています。
 
○対談
「企業経営の核を成すもの」
鈴木敏文(セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問)×北尾吉孝(SBIホールディングス会長兼社長)

 
いまや私たちの生活に不可欠な社会インフラとなったコンビニエンスストア。周囲の反対をものともせず、この新しいシステムを我が国で創り上げ、流通小売業界に革命をもたらしたのが鈴木敏文さんです。
北尾吉孝さんもまた、証券・銀行・保険とインターネットの融合を通じて新しい市場を創造し、我が国有数の金融グループを創り上げ、金融業界に革命をもたらしてきました。
30年来の親交を持ち、肝胆相照らす仲であるお二人ですが、これほど踏み込んで真剣な経営談義に花を咲かせたのは初めてのこと。いかにして常識を覆す大事業を成し遂げたのか。そして次代を担う者たちに伝えておきたいこととは。経営の核を成すリーダーのあり方が浮かび上がってきます。

 『致知』2023年1月号には阿部詩選手が登場します。『致知』の詳細は表紙をクリック