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たった一言だけで〜私が仕事を辞めた理由〜


あんなに楽しそうに仕事してたのに、どうして辞めたの?と周りの人が不思議がる。

仕事を辞めた理由はひとつではない。前向きな理由もあるし、ネガティブなものもある。

そのネガティブさをそっと抱えていたけれど、ここ最近、ざわざわと心が騒ぐので、どこかで整理しないと次に進めないのだなと感じた。

それならばいっそ書き出して、それでスッキリ終わらせよう。ちょうど満月の夜だ。お月様が聞いていてくれるかもしれない。

私は過去に二度「仕事を辞める」経験をしている。1度目は公務員。今回はプログラミングやコワーキングスペースを運営するベンチャー企業。

辞める決断は、ある日突然訪れるわけではなかった。ずっとずっと不満や疑問、違和感などを抱えている状態が続いていたときに、「引き金」となる出来事が起こり、決断させる。

ちなみに今回のベンチャー企業は、正しくは退職ではない。業務委託だったから。

ただしこの委託は契約書もなければ賃金(報酬)も休みも、保険も、働く時間などの委託内容も明示されていなかった。確認しようとしても、うやむやのまま会話が終わることも多かった。

この時点で前職が「きっちり決める公務員」だった私はすでにモヤモヤしていた。しかし「ベンチャーとはこういうものかもしれない」と、気持ちは飲み込んだ。関わって初期の頃だ。

そんな夏のある日。経営陣とのお酒の席でこんな会話をされた。

「うちの会社を辞めた人は自分たちにとっていらない人」

「辞めてくれてありがとう、ラッキーって感じ」

「こっちから辞めてくれって言ったことないのに、都合良くいなくなってくれるんだよね」

…この会話で決めた。私はここには長くいられない。いたくない。たったこれだけ?と思われるかもしれないが、私には充分だった。

この考えを持っている人とは仕事はできない。私が大切にしているものと、この人たちが大切にしていることは違うのだ。

それは良い悪いの話ではなく、価値観が違うということなのかもしれない。

でも、たとえいっときでも共に歩んだ仲間を見下すような、感謝のかけらもない言葉を軽々と発しているように私には感じられたのだ。

(この会話は私以外にも何人もその場に同席していて、記憶に残っていた人もいるから、決して夢でも幻でもない。)

それ以降も「ひっかかる言葉」が散見された。そこで働く人を大事にしているとは思えなかった。また、その人達がSNSで他者への批判や攻撃、文句などのネガティブな投稿を繰り返していることにもうんざりしていた。そういう言葉を見るたび聞くたびに、心に澱のようなものが溜まっていく。

そして「ひっかかり」を感じるたびに、いつ辞めるかという期日が前倒しになっていった。

まずは3年。いや1年後の夏かな。半年後は年度末だし3月にしようか。そうこうしているうちに「早ければ来月」という気持ちになっていた。

意を決して、経営陣に辞める意向をお伝えした。「来月までと思っているが、会社の都合もあると思うので時期は相談させてほしい」という内容を。

結局は「12月まで頼む」と言うことになり、私はそれを受け入れた。

そしてそこまで私は走り続けたのだ。たくさんの文を書き、必要な書類を作り、施設の掃除や雰囲気などの環境を整え、地域の人と交流し、日々ユーザーからの相談を受け、イベント準備をしながら全く知識のないプログラミングを夜中まで勉強し、スタッフの体調を気にかける…。

慣れないことだらけで睡眠時間が3時間という週もあった。体重も減った。要領良くできない自分に悔しくて一人泣きながら帰ったこともある。

経営陣はどう思っているか分からないけれど、少なくとも私は感謝している。素晴らしい半年間だったと。

そう。一緒に働いたスタッフ、利用者、近隣のお店の皆さんなど、関わった人たちは皆とても良い人たちだった。私もその人たちのためと思えば自然とエネルギーが湧いてきた。相当無理もしたけれど、頑張ろうと思えた。

ただ、経営陣と大切にしていることが違っただけ。ささいな会話から、それを感じてしまっただけ。そしてそれは私にとって非常に重要なことだった。私は、出会った人を大事にしない人とは仕事はできない。

時間は有限なのだ。自分が嫌な気持ちのまま心を疲弊させてまで、大事な時間を費やし、そこで働く必要はない。仕事とは何かを叶える手段であり、その手段は他にもたくさん存在する。

それではどうか皆さんお元気で。感謝の気持ちを込めて、さようならを。本当にありがとうございました。

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