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ゆびさきから苺、ときどきブリの匂い

子どものつむじは甘い匂い − 太平洋側育ちの日本海側子育て記 −
抱っこをしたり、着替えをさせたり、歯を磨いたり。小さい子どもの頭はよくわたしの鼻の下にあって、それが発する匂いは、なんとなく甘い。
富山在住・1歳女児を育児中の湘南出身ライターが綴る、暮らしと子育ての話。

前回の記事:春は沈丁花の匂い

部屋にただようフルーティーな香り。なんだかいい匂い。みずみずしさがあるよね。辿っていくと子どもの手があって、そういえば昼に苺を食べたことを思い出す。どうも生臭いと思うと、魚を食べていたということもある。絶賛手づかみ食べ中の娘の指は、食べたものを饒舌に語る。

手づかみ食べというのはその名のとおり手で食べることだが、基本的に大人は手づかみ食べをしない箸食の日本では、乳から全ての栄養を摂取していた乳児が食べ物と出会って、自分の手を使って食べるようになる行為のことを指す向きもあって、それは固形のものが食べられるようになる離乳食の後期から始まって、スプーンなどの道具をうまく使いこなせるようになるまで続く。

手で食べ物をべちょべちょ触りながら食べることは行儀が悪いようだが、指は外部化された脳というくらい指先を使うことは脳の発達に良いから、手づかみ食べはどんどんさせたほうがいいというのが昨今の育児に言われることで、たしかに見ていてそういう感じがするし、自分でやりたい気持ちを教えることはできないから、意欲を潰さないように、手もスプーンも好きなようにさせている。

そうして食べ終わった後にはもちろん手を洗うのだけど、果物、特に苺の匂いはのこりやすい。石鹸で洗って、さらにその後お風呂に入ってもまだ、寝かしつけ中ペチンと私の頰に置かれた娘の指から芳香がただよう。

真っ暗な部屋で寝たフリのために(寝かしつけに必要なので)目を閉じて、娘の指が発する苺、パイナップル、ときにブリ(富山はブリがよく獲れて美味しい)といった匂いを嗅いでいると、苺がたわわに実る野原、カラフルな鳥が飛び交う南国、漁火のともる漁船に水揚げされる大漁の魚、そういう景色がみえてくる。快適に守られた室内に、ひとすじの外の気配を運ぶ指。

子どもは大人よりも自然に近い。もちろん私もあなたも、大人だって人は自然の一部だが、大人は言葉や貨幣経済などから成る人社会にまみれてそのことを忘れがちな一方、人社会で生きた年数のまだ短い子どもは野性味をふんだんに持っている。出産育児というのは文明が起きるずっと前から連綿と続いてきた営みだから、野生が覗く瞬間が多々あり、人間も動物よなと度々思わされる。

手づかみ食べ初期の頃、つかんだ食べ物を手のひらで口の中に押し込む娘の仕草はチンパンジーに似ていて、指先がうまく使えないとそういうふうになるのか、という発見があった。

その後、細かいものもつまめるようになり、口内調味はまだできないからご飯と魚をまぜて供すると魚だけうまく抜き出して食べるほど指先はうまく使えるようになったが、スプーンにはまだまだ苦戦していて、食材と水分がまざりあったものがぐちょぐちょべちょべちょに広がる食卓風景はぎょっとするほど汚い。そしてこれはまだスプーンで、この後にはさらに箸があると思うとげんなりする。食事ってこんなに難しいことなんだと、気が遠くなる。

人と動物のあいま的存在の子どもに、人のふるまいや人社会のルールや術を身につけさせていくのはとても根気のいることなのだ。

けれどもやっぱり人は人で、子どもであっても人の子どもなのは、娘はスプーンを使いたがる。手で食べたいのを無理やり訓練しているわけではなく、道具を使いたいという意思をみせる。

大人の真似がしたいのだろう、1歳3ヶ月の今はスプーンフォークに加えて、突き刺すしかできなくても、こちらが箸を使っていれば箸も使いたがる。口にまったく入らなくても、大きなスプーンも使いたがる。しゃもじも使いたがる。食べ物って太いストローで吸うものなんだよと私たち親がやり通せば、娘もそうやって食べるようになるだろう。

娘が生まれたての頃は、爪も関節も精巧につくられている小さい手を、繊細で儚いものに感じていた。こんなに小さいのにこんなに完成されていて、生命の流れとはなんて美しいものを生み出すものかと、うっとりしてため息が出るような気持ちだった。

その手が今は食べたいものを掴んでどんどん口に入れていく。成長期なのか食欲が爆発していて、際限なく食べ物に手が伸びていく。好きなものにはむしりとるような野蛮さをみせることもある。要求と違うものが差し出された時は、はね除ける。日替わりで様々な匂いを発する娘の指は、たくましいものである。

籔谷智恵
神奈川県藤沢市生まれ。大学卒業後、茨城県の重要無形文化財指定織物「結城紬」産地で企画やブランディングの仕事に約10年携わる。結婚後北海道へ移住、そして出産とともに富山へ移住。地場産業などの分野で文筆業に従事しつつ、人と自然の関係について思い巡らし描き出していくことが、大きな目的。
www.chieyabutani.com

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籔谷智恵

神奈川県藤沢市生まれ。大学卒業後、茨城県の重要無形文化財指定織物「結城紬」産地での仕事に約10年携わる。結婚後北海道へ移住、出産とともに富山へ移住。文筆業に従事しつつ、人と自然の関係について思い巡らし描き出していくことが、大きな目的。 www.chieyabutani.com

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