君は自分の道を自分で選んでないんですよおじさんの話

惰性で服を着ていた時期がある。
パステルカラーで、非攻撃的で、首元にフェイクのパールなんかが付いていて、ひと言で言えばワイドショーに出てくるアナウンサーの劣化版みたいなファッションだ。
世間は民放アナ劣化版の22歳にはわりと優しく、私はそれを時に利用し、時にはうとましがり、夜な夜なあてどなく飲み屋をさまよっていた。

ロクにしなかった就活の名残りで黒髪はそのまま伸び、次第に染めたりパーマをかけたりする気力もなくなって、お酒を飲めばなんとなく知らない人に肯定され自己嫌悪も忘れてしまえるので、あらゆることがどうでもよくなっていた。最低だった。


そのころの私の目標は、できるだけたくさんの人を肯定し、できるだけたくさんの人に愛されることだった。
もともと病的に自意識が過剰なので、すれ違う人全員が自分のことを気持ち悪いと感じていると思い込んでいた。それをすこしでも払拭するため、人前に立つバイトをし、夜は飲み屋でできるだけたくさんの人と会話した。
他人の話は決して否定せず、にこにこと相槌を打ち、徹底して聞き役に回った。自分を肯定してくれる人間の母数を増やさなければいけない、という強迫観念に取り憑かれながら。


ある日、バイト先の先輩が友人のやっている飲み屋に連れていってくれると言うので、喜んでついていった。
狭くて、投げ銭式で、本棚には小学校の道徳の教科書とかが無造作に置いてあって、とてもいいお店だった。
上機嫌で飲んでいると、カウンターの端からおじさんに声をかけられた。聞いてくるので当時の自分の境遇(恋人の有無や仕事の話など)をぽつぽつと話すと、彼は言った。「どうやら君は、自分の道を自分で選んでないんですよ。あらゆる選択というものを他人任せにしている」。

私は驚き、それでも微笑んでいた。
酔った人の言うことを間に受けてはいけない。酔った人が他人に対してかける言葉なんかに情緒を狂わされてはいけない。そう思って、カウンターの下でぐっと自分の掌をつねった。

帰り道、先輩は私を店に連れていったことを何度も謝った。当然彼女はなにも悪くないから、気にしないでください私も気にしてないんで、と笑って答える。

先輩と反対側の山手線に乗ってドアにもたれかかったとき、不意打ちで涙が出た。
おお、と思った。泣くんだ。図星だったから泣くんだろうと思った。酔っ払った知らないおじさんなんかに、自分のことを見透かされた気がした。ドアに映った私はポリエステルのワンピースにローヒールで、大塚、大塚というアナウンスが聞こえ、池袋-大塚間で泣いているという自覚もあいまって何もかも安っぽかった。こんなこといつまで続ける気なんだろう、と急に思った。


服を捨てた。
翌日早くからクローゼットの中身すべてをひっくり返し、惰性で着ていたあらゆる服をゴミ袋に入れた。
まず最初に例のポリエステルのワンピースの写メを撮り、「私にはもういらないので」と書いてメルカリで売った(よく売れたと思う)。

そのお金で、代わりにトレンチコートを買った。
古いレインコートみたいな濃紺で、引きずるくらい丈の長い、ちょっと変わったフォルムのコートだ。お店に入った瞬間にそれを羽織っていたマネキンと目が合って、すぐに試着し、そのまま着て帰った。
真冬だったので家に着くころには風邪を引きかけていて、なんて馬鹿なんだと母に叱られた。母は私のコートを見て、「素敵だけど今じゃないでしょう」と至極真っ当なことを言った。

入っていた飲み会の予定をほぼすべてキャンセルし、SNSに「今年は会いたい人にしか会わないことにしました」と生意気なことを書いた。何人かにブロックされ、何人かを飲みに誘った。
バイトはライター一本に絞った。好きな文章を再び書くようになった。これでだめならもういい、と思いながら好きな人とだけ話した。
ある友人と飲んだ日、彼女が帰りがけにトレンチコートを褒めてくれた。最近の服装のほうが好きだよと彼女は言った。季節は春になっていた。


そんな風にして1年あまりを過ごし、こんなことを思うようにもなった(この文章は『「綺麗」と〜』に至るまでの過程を書いたつもりです)。

ひとつ前の『限界の足音』がいわゆるバズを起こしてしまって、とても怖かった。人は大きな流れみたいなものに巻き込まれると、自分のしたいことや進みたい方向が一時的に見えなくなってしまうことがある。
特に私は意志が強くないので、次になにを書くべきか随分迷った。けれど、なにを書くべきかなんて分からなかった。だから書きたいことを書いた。

スガシカオの「そろそろいかなくちゃ」という曲を聴いていたら、急にこの話がしたくなった(書いてほしいという人もいた、すごくうれしいことに)。もうすぐまた、あのコートが着られる季節がくる。

#エッセイ
#コラム

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生湯葉 シホ

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コメント10件

おおおー。心をえぐりますな〜。俺も服捨てようかな。。。
>Kaori Fさん ありがとうございます、ぐっとくる、というのはすごく嬉しいです。よければまたぜひお読みください。
>Ichiさん 他人の声に耳を傾けること自体はすばらしいことだと思います(私は頑固なので)……!でも、そう言っていただけで嬉しいです。ありがとうございます。
>Watermangostinさん 本当に全部捨ててしまったのでいま着るものがなくて困っています。笑 捨てる際はベーシックなやつまで思い余って捨てないようになさってください……!
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