けんかして思ったこと

夫と珍しく言い合いになった。ある飲み会に夫が私を誘い、私がそれを断ったのが原因だった。

知らない人しか来ないし共通の話題があるとも思えないから、というのが私がその会に猛烈に行きたくない理由だったが、幹事のかたも気を遣うよ、とか、こちらもなにか持っていかなきゃいけないし、みたいなそれっぽい言い訳をいちおう2、3並べたあと、ついに面倒になって「無理、会いたくない、ひとりで行ってきて」と吐き捨てて居間の床にべろんと寝た。
夫は「不満だよ」としずかに言ったきり黙って、それから私も黙ってしまった。

さすがに謝ろうかとすぐ思ったが、謝るには床から起き上がる必要があり、ちらっと横を見たら夫もソファに頭をもたげていたので「まあこのままでいいか」と思ってしまった。そのままの体勢で「ごめんて」と言ったらすごく不遜な感じになって、案の定、場の空気はより悪くなった。


いつも僕ばっかり譲歩してるよ、と夫は言った。
結婚式をしなかったのもウエディングフォトを撮らなかったのも私の強い希望だった。それは人に見られるのが怖い、というのが大きな理由で、平たく言えば対人恐怖的な自分の病に因るものだから、話し合った末にじゃあやめよう、ということになった。

そのとき同時に、したいにせよしたくないにせよ、なにか大事なことを決めるときは強い希望があるほうに合わせる、というのを私たちは夫婦間のルールとして決めた。

だから、僕ばっかり譲歩してるよ、と言われたとき、一度片づいたことをまた持ち出すなんて卑怯じゃないか、と思ってついカチンときてしまった。

「きみがそうやって自由に我儘を言える性格であることに僕は嫉妬してる」という言葉に「自分に自我がないからって私に同じこと求めないでくれない? ダッサ」とまくしたて、「ダッサって言われた……」とショックを受けている夫を見て、やっちゃったと思った。


このけんかの落としどころは結局、「『これは絶対にしたい/したくない』ということがあったら今後もお互いに聞き入れようね」という感じだったのだけど、はたしてそれでよかったのか、と考えている。

何色の着物を七五三に着るかで母親とバチバチの大げんかをしたことがある私とは対象的に、夫は(どうやら)昔から温厚で、「すごくしたくないことってそんなにないんだよね」と口癖のように言う。気の進まない飲み会でも、2時間ならまあいいかな行くかと思えるらしい。
結果、私たちの価値観がぶつかるときは、ほぼ確実に向こうが「まあいいかな」で折れてくれる。

スガシカオのアシンメトリーという曲に「半分に割った赤いリンゴのイビツな方をぼくがもらうよ 二人はそれでたいがいうまくいく」という歌詞があるけれど、これまでの夫婦生活ではほぼ100パーセント、「イビツな方」は彼のものだった。


ものすごくしたいことはできればしたいし、ものすごくしたくないことは絶対にしたくない、と思う。これはもう、何度直そうと努力しても直らなかった性格で、たぶん私はこれからも長いあいだ、自分の苛烈さと付き合っていくことになるのだと思う。

でも、じゃあ、「まあいいかな」の夫はどうなるのだろう。

夫の「まあまあしたい」と私の「すごく無理」が、あるいは夫の「まあまあ嫌」と私の「すごくしたい」がぶつかるとき、これからも常に後者ばかりをとっていたら、私たちの主導権はあまりにもアンバランスになる。

だから、時には夫の意思センサーの震えのほうが自分のそれより微弱であっても、意図的に相手のものを選ぶようにしようと決めたのが今日だ。
それに、言葉にするほどでもないけどなんか嫌、という気分を抱えた相手に「思うことがあるならきちんと主張してくれ」と詰め寄るのはたぶん、暴力以外のなにものでもない。


すべての関係には定期的な手入れが必要で、メンテナンスを少しでも怠ると、こんなパーツあったのかみたいな箇所がぽろっととれちゃってもう戻らなかったりする。

おそらく今日、彼への態度を見直さなかったらその「ぽろっ」が半年後だか3年後だかに来てたはずで、私が自分の間違いに気づいたことでそれに間に合ったのだと思いたい。

迷ったときに自分で読み返すためにこれを書いた。読み返すたびに、これは譲ろう、いやこれはさすがに無理だと揺れながら、ちょうどいいリンゴの割りかたを見つけていけたらいい。

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生湯葉 シホ

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コメント4件

突然のコメント失礼いたします。
noteにログインしたら、この投稿の1行目が目に入りました。
1行目に反応し、すかさずクリックして、最後まで読み進めました。

1行目は2行目を読ませるためにある

これを実感させていただいた投稿でした。
素晴らしい1行目です。
ありがとうございます。

内容に関係のないコメントで申し訳ないです。
不快でしたら削除してください。
はじめまして。あまりにタイムリーな話題でした。
まさに先日友人と気まずい状態になり連絡が来なくなりました。
人間関係のメンテナンスは本当に大事です。どうか今回の事も、いいメンテナンスになったと2人でまた笑いあえるようにと願っています。
素敵な記事をありがとうございました。
すごく素敵な気持ちが詰まっていて、泣きそうになりました。
私は花粉症ぐらいだけれど、アレルギーを無理すると呼吸困難になる人もいる。
例えば、一緒に小麦のパン食べられないけどごめんなさいなのかな。
アレルギーで食べられないのはわがままではないよね。
彼は理解してるつもりでも、理解をしていないのかも。
それはお互いそう思ってるとは思うけど。
距離がでない内に調整した方がなにかを失わないですむかも。
それもきっとわかってると思うけど。
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