ラッキーカラー屋さん

教祖様だったんです僕、とトガワくんは言った。え、きみが? と聞くと「僕以外にも10人くらい。本物は1人なんですけど」とにこにこ笑う。


地下鉄を待つあいだ、トガワくんはこれまでの職歴について淀みなく語った。中卒だという彼は、16からの何年かをキャッチで食い繋ぎ、数年前までは米の訪問販売をしていたのだと言う。
お米って切れたタイミングにしか買わないよね、と私が聞くと、「そうですね。安いのならまだしも、僕が売らされてたのはブランド米だったので。普通に人ん家の玄関で土下座とかして」とあっけらかんと言った。


数日前にアルバイトで入社してきたトガワくんは、最初から抜群に電話対応がうまかった。
その日は彼を含めた何人かの歓迎会の帰りで、JR組が一斉にいなくなったあと、取り残された私たちはすこし離れた地下鉄の駅までのろのろと歩きながら話していたのだった。

「お米の次に」と彼は言う。「メール鑑定のバイトをすこしだけしました」。メール鑑定とはつまりメール占いで、登録するとその日の運勢や行動にまつわるアドバイス、個人的な相談に対しての返事なんかが送られてくるものらしい。

「バイトってどういうこと?」「占い結果のメールの文面を打つんです」「監修みたいなことをする占い師がいるの?」「いますよ。教祖様みたいな、有名な占い師の人が。でも、文面はぜんぶバイトが考えてます」


えっ、と思わず口に出した。運勢とかあんなのぜんぶ適当に書いてるんですよ、最初に占い師の人にレクチャーだけされて、あとはもうそれっぽいことを個々人で書いて送るんです、とトガワくんは言う。「自分の本質を見つめ直す日になります」とか、「西の方角への旅行は避けたほうがいいでしょう」とか。

詐欺では、と言っていいものか迷っていた。彼はそれを見透かしたように、「まともな人には続かないです」と笑った。「課金すればするほど、教祖様に個人的な相談とかも送れるんです。そういうメール毎日見てたら病みますよ」。


10人の“教祖様”の1人であるトガワくんのもとには、不倫相手との間にできた子どもを堕ろすべきか否かとか、認知症の母の介護を兄弟に任せて引っ越していいかとか、ひと言で言ってしまえばヘビーすぎる悩みばかりがどしどし寄せられた。

周りを見ると、高額の報酬のために心を殺して作業している人、他人の不幸を目にするのが好きな人、もはや何も感じず植物のようにメールを打ち続ける人などが夜のオフィスで目を血走らせながらPCに向かっていて、トガワくんは数ヶ月で完全に参ってしまったそうだ。


「堕ろすかどうかって、絶対に占いで決めることじゃないですよね」電車に揺られながら彼が言う。「そんな人に無責任に『あなたのラッキーカラーは~』とか言えないですよね。彼女たちに必要なの、ラッキーカラーじゃなくてカウンセリングですからね」。

笑えばいいのか神妙な顔をすればいいのか迷ってしまって、真ん中くらいの顔をした。
じゃあトガワくんは、占いとかって信じないんだ? そう聞くと、彼は「信じますよ。いちど、教祖様に本当に占ってもらったら超当たってましたもん」と言うので、今度こそ笑った。


あれから1年くらい経つ。
占いを信じるか、と言われたら、私はそんなには信じない。「運命」とか「縁」みたいな言葉も、そこまで好きなほうではない。

前にこの文章でも書いたとおり父の実家は神社なのだけれど、どういうわけだか母の祖父、つまり私の曽祖父も神社をやっていた人らしい。
神主だった曽祖父は、自分の死ぬ日をぴたりと言い当てて亡くなった。作り話みたいだけど本当に。

そういう人が間近にいたので、自分の人生のあらすじみたいなものはある程度決められてるのかもな、と思うことはある。けれど神様もたぶん、73億人分のシナリオの細かい部分まで手を抜かずにいられるほど、暇ではないはずだ。

だから神様が油断している隙に、私は私にとっていちばんいいと思える道を、人を、サッと選んでしまおうと思う(父も生き延びられたことだし、そのくらいのルート変更は許されるだろう)。


すこし前、友人たちと浅草に行った。和菓子屋の前に置かれていた恋みくじを引くと、「いまから3人目に通りかかる人と結ばれます」と書かれていた。

思わず息を呑んで3人目を待った。カップルの男の人が通り過ぎ、親子連れのお父さんが通り過ぎ、3人目に駆け足でやってきたのは人力車の車夫だった。

「速くて顔見えなかったよ」。そう言って、全員でゲラゲラ泣くほど笑った。たぶん彼とは付き合わないなあ。


#エッセイ #コラム

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生湯葉 シホ

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