東京の人って、

1度だけ、東京タワーにひとりで登ったことがある。曇りで、平日で、私は大学4年生だった。

その日の東京タワーは恐ろしく空いていて、客よりもスタッフのほうが多いんじゃないかってレベルだった。受付やらエレベーターガールやら土産物屋のひとも、みんなどこか素の顔をしていた。

なんで登ったのか、333メートルから何を見たのか、そのとき何を考えていたか、全部あまり覚えていない。
ただ、「今日は東京タワーに登らなくちゃ」と強く思ったことと、ガラス張りの床の真上でヒールが折れそうになって、すごく怖かったことだけを記憶している。


「俺、東京タワーが見える部屋には住めないなって思って」。
すこし前、久々に話した友人がそう言った。彼は引っ越すことになって、最初は御成門の近くで部屋を探していたそうだ。けれど、内見に行った先で窓からばーんと東京タワーが見えてしまって、「なんかそれは違う」と思ったらしい。

別に見えてもいいじゃないですか、と言う私に、「だって俺0時ぴったりに指パチンとかしないし」と彼は笑う。私も笑ったけれど、そうか、“東京タワーが見える部屋”ってそういうことなのか、とすこし考えてしまった。

◇◇◇

私にとって、東京タワーは原風景だ。
中高の6年間、品川の学校に通っていた。私は健全な神経をした10代だったので、毎朝三田駅のホームで電車を待っていると、週のだいたい半分くらいは理由もなく憂鬱になった。
そんなとき、繰り返すけれど健全な10代だった私は、学校をサボる……まではいかないけれど遅刻した。
三田をぶらつくか、ひどいときはそのまま京急に乗って羽田まで行ったりしていた(後者の場合はさすがに、ぼんやりと空港を行き交う人々を見て帰ってきたけれど)。

三田を歩いていると、きまって近くに東京タワーが見えた。iPodをポケットの中でいじりながら、少しずつ、すこしずつ東京タワーに向かって歩いた。
朝8時の三田に、東京タワーを見上げて歩いている人間なんて皆無だ。スーツを着た人たちが時折こちらを見た。ごく稀に「どこ探してるの?」と声をかけられて「サボってます」と答えると、皆笑って通り過ぎて行った。

こう書くとよっぽど友達いなかったみたいだけど(実際少なかった)、部活には入っていた。軽音部で、下手くそなギターを弾いていた。
高校2年の文化祭の最終日に、ホールでライブをして、それが死ぬほど楽しかった。Base ball bearの“17才”をやった。
打ち上げは三田のサイゼリヤだったのだけど、私は学校を出てからも、電車の中でも、三田に着いてもぐずぐずと泣いていた。
もう陽は落ちていて、東京タワーは明るく灯っていた。滲んだそれに向かって歩きながら、「私がいつか大人になって“青春っていつだったんだろう”って思い返すことがあったなら、それは今日だと覚えておこう」と思った。

◇◇◇

上京してきた人がよく、「東京に負けねえ」と言うのを聞く。
私には「負けねえ」なんて思える相手はいないので、いつもそれを羨ましく思うのだけど、たまにすこし寂しくなる。
だって、私のふるさとは東京だ。満員電車に酔ったって、校庭が狭いから100メートル走は斜めに走らなければいけなくたって、どんな真夜中でも騒いでいる人たちの声が聞こえたって、私にはここが生まれ育った場所なんだから仕方ない。

ただ、別の友人がこうも言っていた。
「東京の人ってかわいそう。くるりの “東京” 聴いて、泣けないでしょう?」

私はそれに頷こうか、いつも迷う。

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生湯葉 シホ

みんなのいい話ノートみっくす。

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コメント4件

はじめまして。
昨日『ドキュメント72時間』を見て東京タワーに登りたくなりました。
東京タワーって人によって色んな思いがありますね(^_^)
はじめまして、コメントありがとうございます。そうなんです、私もこれを書いたきっかけが昨日のドキュメント72時間でした。すてきな回でしたよね。引越しが決まって「絶対戻ってくる」と話していた女の子が印象深いです。
マインさん、はじめまして。田町にお住まいだったんですね。あのあたりって学生に優しいお店も多くて好きです。良い意味でしんみり……。嬉しいです。東京タワーの赤い灯も、見てるとそんな気になりますよね。
はじめまして。東京育ちの中高女子校だったのでしほさんの言葉に頷きすぎて首折れそうです。
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