◇金木犀のゆううつ

今日になって急に、金木犀の香りが強くなった気がします。今までなんにも感じなかったのに。屋内にいても、窓や扉が開いていれば中にまで漂ってくる。

金木犀の香りが好きかと言われれば、おそらく首を横に振ります。では嫌いなのかというと、そうでもない。ただ、距離を置きたい香りではある。
芳香剤を思わせるから……ではありません。

金木犀の香りをかぐと、仏間やお寺の本堂といったものを、何故か思い出します。直接の結びつきがあるというよりは、香りの性質がどこか通じているせいでしょう。やわらかく、一帯に立ち込めるような、その空間全体を満たすような香り。尊く、雅やかで、思わず姿勢を正してしまうような匂い。
馴染むものではあっても、馴れ馴れしくしてはいけないと感じるもの。
そう、だから距離を置きたいと思ってしまう。金木犀は。

理由はもうひとつ。
何年生かは忘れましたが、小学生だった頃の記憶。下校するため正門を抜けようとして、追いすがるように強く匂ったものがありました。正体を探ろうと辺りを見回して、目に留まったのは一本の木。
「キンモクセイ」というプレートが掛けられていました。
わたしは、金木犀の香り自体は知っていたのです。ただし芳香剤という形で。だから、本当はどんな植物なのかまではわからなかった。
――ああ、これがキンモクセイなんだ。と妙に強く思ったのを覚えています。

同時に、何かおそろしさにも似たものを感じた。
その正体は分からないけれど、最初に追いすがってきたときの感覚、また門を過ぎてもしばらく感じられた香りが、そうさせたのかもしれません。
門とは、いわば境界です。学校と外を隔てる存在。物理的にもそうですし、意識的にもそうです。でもキンモクセイは、そんな場所を越えてさえ、強く存在を主張してきた。境目など意味がないと言うかのように。

もっともこれは、今のわたしが考えること。金木犀の香りに触れるたび頻繁に蘇る記憶は、思い出すほど今のわたしに即した形へ変化しているかもしれません。
だから案外、当時のわたしは大して怖がってはいなかったのかも。金木犀の香りがどこまでついてくるか、好奇心いっぱいに振り返りながら家へ向かっていたのかな、なんて思います。