◇あの店、その前なんだっけ?

「閉店したラーメン屋、今度は丼もの屋になるらしい」

昼休み、ふと出た話題。それを皮切りに、「あの洋菓子店、もう看板も外しちゃったね」とか、「あそこにラーメン屋ができるみたい」などと、開店・閉店に関する情報がつぎつぎに飛び出しました。

はじめに話題にのぼったラーメン屋は、わたしもよく通る場所にあったので知っていました。入ったことはないけれど、赤い看板がとても目立っていた。それももう、すっかり撤去されて、新しいお店へと変貌を遂げている最中。
正確には覚えていませんが、一年もったかどうか……というところ。
だから話題にのぼったときも、「また?」「よく変わるね」という反応が多かったのです。

ところで、そのラーメン屋。前はなんのお店だったのでしょう?

記憶を探ってみるも、ちっとも思い出せないのです。飲食店だったのか、コンビニだったのか、まったく別のお店か。そもそも、お店だったのかどうか。
その場にいた人たちも、なんだっけ?と首をひねっていました。誰も覚えていない。そんなに昔のことではないのに。

利用したことのないラーメン屋。だから、風景としての記憶しかありません。中のつくりも、どんな味だったかも、わたしは知らない。
別のお店になって見た目が変われば、記憶はそれに上書きされてしまう。目立っていた赤い看板さえ、思い出せなくなるかもしれない。白い文字で記されていたお店の名前も。

少しだけ胸がギュッとなるのは、何かが失われることへの淋しさ……などではなく、無関心であり続けた自分の冷たさを突きつけられた、そんな気がするからかもしれません。でもその感情すら、やがて忘れ去ってしまうのだろうと思います。前のお店の記憶とともに。