◇美容室でふと、ぞっと

髪を切りました。伸びた分を落としてもらった程度なんですが、随分とすっきり。頭が軽い。
十代の頃からお世話になっている美容室なので、とても信頼しています。髪質を把握し、「ここがハネる」「ここが俯いたとき邪魔になる」といった相談に合った髪型を提案してくださる。

ところでわたしは、あまり触れられるのが得意ではありません。抱かれるのを嫌がる子どもだったと聞くし、今でも構えてしまうのは変わらない。
だけれど、美容室ではそういうのを全然感じないのが不思議でした。
もちろん信頼している方だというのも大きいでしょう。それでも、あれだけ髪や頭部を触られているのに。そういうものだと理解しているから、警戒スイッチが解かれるのでしょうか。

そんなことを考えているうち、はさみのシャキシャキという音が気になり始めた。耳の近くで聞こえている。脳が詰まった頭部のすぐ側で、刃物が振るわれている。

そのことを意識した途端に背筋を這い下りた、ぞっとする感覚。

別にその方が何かすると思ったわけではありません。ただ、頭とはさみの近さを改めて認識したというだけ。何かが間違えば、そのはさみが、わたしの頭に……。

「あ、雨降ってきたね」

真正面を見据えたまま、じっと耳をそばだてる。外に、意識を集中する。聞こえてくるのは雨音。バタバタと窓ガラスや壁を打つ、かなり慌しい雨音。
いつの間にか、はさみの音が遠のいていた。

「急ですねえ」

答えるわたしの声には、どこか笑いが含まれている。深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出してみる。うん、大丈夫だ。

帰る頃になっても雨は止まず、相変わらずの強さだったけれど、嫌な気持ちではありませんでした。きっと遠ざけてくれたからでしょう。
わたしを蝕みかけた、あの恐ろしさから。