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見えない太陽:栗毛のカトリーヌ・ドヌーヴと、テロリストになった孫

アンドレ・テシネ監督の『見えない太陽』(L'Adieu à la nuit, 英語 Fairwell to the Night, 2019)のプレビュー(前夜上映 avant première)に、監督や主演のカトリーヌ・ドヌーヴ他のキャストが来るというので、観に行った。プレビューで隣に座っていたおじさんは、監督が喋っているというのに、ドヌーヴをアップにして、動画を撮っている。

ドヌーヴといえばフランスのブロンド女優の代名詞のような存在だが、彼女の地毛はブリュネット、つまり栗色である。年齢からいうと、白髪が混じっているはずだから、それも染めたのだと思うが、今回の役柄は地と同じ色、栗色の髪だった。プレビューに現れたときは、公式イメージである、ブロンド。

自分の考えることは観客の考えていることと同じでないことが多いが、テロリストの問題は世界的に重要なので、今回はこの問題について調べることにした、とテシネ監督。警察の書類などを読んでも全然面白くなくて、なんとテロリスト本人たちに、60時間にわたってインタビューしたという。

この映画のなかで語られるテロリストたちの言葉はだから、かれら自身の言葉だ。ドキュメンタリーから出発して、そこからフィクションがつくられている。

テシネはお気に入りの俳優を、何度もつかう。以心伝心だというカトリーヌ・ドヌーヴは、なんと8回目の起用。同じ俳優だが、ちがうイメージでつかうのである。ドヌーヴは最初の作品で夢想的な人物を演じたので、今回は彼女のために、地に足のついた役を用意した。それで栗毛にしたのだろう。

ドヌーヴは馬の飼育と乗馬の教育をし、アーモンドのプランテーションを営んでいる、という設定。事故で亡くなった娘の息子、つまり孫が訪ねてくるというので、喜んでいたドヌーヴだったが、かれはイスラム教のジハード(聖戦)の戦士になってしまっていた。

テロリストグループから足を洗った青年というのも出てくるのだが、この男は、グループに入ったらFacebookのいいねをたくさんもらえたのがよかった、などという。こういう言葉は、実際のものだろう。

テシネは青春期の、子供から大人になる過程をよく主題にする。今回もそうなのだが、孫はいわば自分が育った社会に参入するのではなく、そこから根こぎするために、過激な別世界をえらぶ。恋人(写真中央)に、自分が死んだらどうする、とかれが聞くと、恋人は、誇りに思うわ、と答える。彼女とそのメンターに洗脳されている、とおぼしい。

別世界で行きつくところは、もちろん死だ。神の身体と自分の身体を一体にする(融合fusionと混同confusion)ために、犠牲つまり死へのパッションに取り憑かれ、地から自分を根こぎにしようと、躍起になる青年。

孫がそうなってしまったドヌーヴは、その問題を体当たりで解決しようする。たぶんいちばん観客が湧いていたのは、孫を聖戦に行かせないために、ドヌーヴが厩舎にかれを閉じ込めてしまい、その後にウィスキーのボトルをつかんで、一気にぐびぐび飲むところだ。

孫の人生はかれのものであるけれど、野放しにしてもおけない。地に足をつけて必死に闘っているのは、栗毛でいい体格をした、75歳のカトリーヌ・ドヌーヴだった。

若者、大丈夫か。

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