京大卒の私が、性暴力被害を経てアダルトビデオメーカーで働くことにした理由(1)

 こんにちは、伊藤千紘(ちひろ)です。


 私は今、ソフト・オン・デマンドというアダルトビデオメーカー(セルビデオと呼ばれる成人向け映像業界ではトップシェア企業だそうです、いちおう。)で広告営業の仕事をしています。主には女性向けのアダルトグッズなど、物販商品の販売に関わっています。
 と自己紹介をすると、まあぎょっとされることが多いです。
 下世話(失礼)な男性陣などから、にこにこ嬉しそうにされることも多いですが…(別にこれ自体はイヤなわけではない。面白いし)。
 転職で入社し、前職は全くの異業種(前職は食品メーカーに勤めるOLさんでした)、それに京都大学卒という経歴も相まって、「何で!?」という反応になる場合がほとんどです。無理もないです。
 そこで、私がこれまで性についてどのようなことを考え、今の生活に至るのかを文字にしてみようと思っています。


※この先は性被害の話題を含みますので、大丈夫な方のみお進みください。
 途中でご気分が悪くなったら休むなど、体調を優先した上でお読みいただければ幸いです。


 
 私は、今からちょうど2年前、性暴力の被害に遭いました。
 相手は前職の仕事を通じて知り合った一回りほど年上の男性。特別に親しいというわけでもありませんでしたが、私の仕事の様子をよく気にかけてくれる、尊敬できると感じていた相手でした。
 会社のイベントで訪れていた宿泊施設の一室で、事は起こりました。
 何の前触れもなく、まるで自然なことででもあるかのように私を組み伏せ、私の身体に触れる彼の行動。訳がわからなかった。これが世にいうレイプというやつか…。そう、他人事のように自分に起きている出来事を見下ろしていたのを覚えています。
 結局、異変に気付いた他の社員が助けを呼んでくれたので、挿入行為にまで至ることはなく彼は部屋から退いていきました。ようやく一人になれた部屋の中で、緊張からの解放、そして「本番」に至らなかった安堵もあったでしょう、そのままぐったりと眠りに落ちてしまいました。警察を呼ぶべきか、という考えも脳裏をよぎったような気もしますが、それよりも巨大な疲労感に圧倒されていた気がします。


 次の日、周囲から見れば何の変わりもなく、私はその日の予定をこなしていきました。平然と行動できる自分自身が不思議でした。予定が詰まっている日だったので、考えなくても自動的に行動ができて、それが良かったのかもしれません。もちろん、前夜にあったことはしっかりと記憶にとどまってはいるのですが、自分はあんな行為ちっとも気にならない、大したことない、自分はタフなのだ!などと、自分を奮い立たせていたような気がします。
でも、何をしていてもどこか地に足がついておらず、ふわふわと夢の中にいるような感覚だったことを覚えています。


 自分は大丈夫、という想いの傍ら、これが性暴力というものであること、そして相談できる窓口が存在することも、知識としては知っていました。ふわふわとしたおぼつかない気分のままで帰宅したあと、スマートフォンを握りしめて相談機関の情報をぼんやりと検索し続けました。病院、警察、電話相談窓口、ワンストップセンターの類…。私が繋がるべき機関があるだろうか?
 挿入行為をされていない私には妊娠の心配はない、だから病院は関係がないだろう。事件から日が経っているから身体から証拠を取るのも難しい。今更警察に行ってもだめだろう。こういった行為にさらされた女性は、記憶が飛んだり体が麻痺したり、心身に異常を来したりするらしい。そんなことも自分には自覚がない。ちゃんと正気を保って、立って歩ける。明日も会社に行けそうだ。だからメンタルケアなんてものも、私には必要ない。大丈夫、何てことない…
このときの考えが正しかったのかどうか、今でも私には分かりません。


 このことがあってすぐ、私は転職をすることが決まりました(事件以前から活動をしており、転職自体は事件が理由ではありませんでした)。
 ちょうどいい、と思いました。転職をしてしまえばもう彼とも、この会社とも一生接することはなくなる。この場所から解放され、私は新しい環境で幸せになるんだ。事件のことは誰にも話していないけれど、辞めてしまえばもう無関係だ… 一時は、そう思っていました。


 けれど、退職に向けての準備を粛々と進める日々の中、私の中で少しずつ違和感が首をもたげ始めたのでした。彼は今日も、以前と変わらない表情で平然と仕事を続けている。私が退職しても、私の仕事に代わりなんていくらでもいる。私が会社を去ったら、彼からも、会社からも、私の記憶は少しずつ薄れ、私はなかったもののようになっていく。私に起きた出来事が、永久に「なかったこと」になっていく…

 許せない。なかったことになんて、決してさせるものか。
 彼のしたことは「取返しのつかないこと」だ。
 それなら正しく、そのように扱われなければならない。
 会社にとっても、彼の人生にとっても、「取返しのつかないこと」として…
 ようやく湧いてきた怒りと悔しさ、復讐心の暗い渦の中で、妙に冷静にこんなフレーズを頭の中で繰り返していた自分がいました。


 人事を司る会社の偉いひとを訪ねたときも、私は怖いほど冷静でした。
 心からありがたかったことは、偉いひとたちが私の告発を真摯に受け止めてくれ、いわゆるセカンドレイプに当たる言動を取ったり、彼をかばうような姿勢を見せたりすることがなかったこと。
 どれだけ怖かっただろう、辛かっただろうと言って、私の想いに心を寄せてくれ、私のために流してくれた偉いひとの涙。私は生涯忘れないでしょう。
 告発から約一か月の後、彼は職を追われることになったということでした。


 刑事告訴を恐れたのであろう彼と、示談交渉のための最後の面会をしたのは、転職のために引っ越しをする前日という日でした。告発の日以来彼と会話が出来ていなかった私には、聞きたいことが沢山ありました。どんな取り調べが行われたのか、関係者への報告はどうするつもりか、そして何より、今私に対して何を思うのか… 私の詰問のどれにも満足に答えることなく、彼は言葉少なに示談書と、一万円札の束を差し出しました。手切れ金。この書類と札束と引き換えに、私と彼とはもう二度と会うことはない。そのことを思い知らされる眺めでした。
 そのことについて彼はどう感じているのか。彼の心からの思いを耳にすることこそ、真に私の欲していたことでした。仮にも数年来、仕事をともにしてきた女性とこんな形で別れることになることを、どのように思うのか。私は彼にとって、どのような存在であったのか。
 私が本当に触れたかった彼の真心をついに語ってくれることのないまま、駅前で私たちはそそくさと別れ、彼は私の人生から去っていきました。


 静かに冷え切った孤独と虚無が、圧倒的な重みをもって私の身体を打ちのめしました。
 やってしまった。できてしまった。私の行動によって、一人の人間の人生に、決して消えない爪痕を残してしまった。それも、一時は心から信頼し、尊敬していた人間の人生に。こんな形で、私という人間が誰かにとって、決して忘れえない存在になってしまった。
 この街にはもう私が心を寄せるべき味方はいない。私は明日、この街から去っていく。すべては、私の望んだとおり…
 彼が私にしたことと同様、私が彼にしたこともまた、取り返しのつかないことなのでした。


 転職先のある街は、周囲に娯楽施設などの少ない静かな田舎町でした。
 自ら望んで飛び込んだ新天地のはずなのに、何故だか私が何かから隔離され、閉じ込められているかのような閉塞感を感じることが時折ありました。
 新しい職場で、勿論私はそれまでの経緯など何も関係のない、ただの新人として扱われました。
 私のことも、彼のことも、事件のあったあの夜のことも、誰も何も知らない新しい環境。それはまさに私が望んだものであったはずでした。ここで私は新しい自分に生まれなおすんだ、今度こそ幸せな生活を掴みとるんだ。幸い、新しい職場では同僚間の仲がとても良いという。かつての場所でついに得られなかったコミュニケーションというものがここにはあるのかもしれない。ここでならやり直せる… はじめはそんな気持ちでした。


 けれど、友人のように親しくコミュニケーションを取り合う同僚たちの振る舞いを見ているうち、奇妙な気持ちの変化が生じてきたのです。
 公私の話題に分け隔てなく、楽しげに語りあう社員たち。特に異性の社員同士がコミュニケーションを深めあう様子は、私には理解できないものでした。その時の私にとって、職場で出会う人間と業務以外の交流を図ることは、あの日のような暴力に晒される危険を伴う、いっそ望ましくない行為でした。
 そんな危険がこの世界にあることを、この人たちは知らないんだ、なんて無邪気なんだ。そうか、そんなことを知っているのはここには私しかいない。私はこの人たちと同じではないんだ…。
 明るい交流に満ちているはずの職場の中で、私は静かに孤独に沈んでいきました。


 そんなときには、決まって彼の顔が脳裏をよぎりました。
 彼は、少なくとも私に起きたことを知っている。私と同じ記憶を共有している人間だ。彼は今どうしているだろう。私と同じように、あの日のこと、私のことを思い出して苦しむことがあるだろうか。私を恨んでいるだろうか。最後の日には話せなかったけれど、やっぱり彼の口から、彼の本心を聞いてみたかった。ああ、「彼にもう一度会いたい」… 
 新しい職場の優しい同僚たちより、私を傷つけ、ずっと前に別れた彼の方が、自分に近い存在に感じる。わけのわからない感情でした。
恐らく、このときの私が本当に会いたかった彼とは、性暴力加害者の烙印を押された(私自身が押したものだ)あの夜以降の彼ではなく、ただ一緒に仕事が出来ていた頃の彼、厳しいけれど頼れる、目標にできると思えていた、あの日以前の彼だったのです。
もう二度と帰ることができないあのオフィスで、何気ない会話を彼ともう一度交わすことができたら。たった一日でいい、こんなことが起きる前の彼とともに、以前のように時間を過ごせたら…
ああでも駄目だ、彼のことを断罪し、あの生活を二度と帰らないものにしたのは他ならぬ私なのだ。その私に、こんなことを望む資格などない…
事件のことを誰にも打ち明けず、一人きりの部屋でぐるぐると彼のことを考え続ける日々。新しい職場でも疎外感を深めるばかりの生活の中で、このとき私は既に精神のバランスを崩していました。

【後編】https://note.mu/chihiro_henri/n/nce6adfe13eb1につづきます。もしも宜しければお付き合いください。

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