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なぜアングリーバードは日本で全然ウケなかったのか?

今、引っ越し先の部屋の契約も兼ねて学生が開発したアプリのアワード「DA・TE・APPS! 2018」の取材のため仙台に来ています。このイベントについては後日自分が運営するTech系ブログメディア「vsmedia」にてレポート記事を掲載する予定ですが、ここでは審査結果を見ていてふと思い出した事柄を書きます。

「DA・TE・APPS 2018」の入賞作品の受賞の決め手は「分かりやすく、老若男女がぱっと見てすぐに遊び方を理解できる」というシンプルかつ直感的なUIと、「子供の知育に役立つ」という教育的側面でした。少子高齢化で市場が急速にシュリンクしている日本、どんな年齢層のユーザーでもプレイでき、かつ子供の教育にも良いというゲームアプリは”強い”です。マネタイズをどうするかという課題はさておき。

で、「分かりやすく、老若男女がぱっと見てすぐに遊び方を理解できる」「子供の知育に役立つ」ゲームアプリで世界的大ヒットを飛ばし収益面でも成功したゲームアプリの例は既に存在しています。それはフィンランドのRovioのひっぱりアクションパズルゲーム「Angry Birds(アングリーバード)」シリーズです。

「Angry Birds」とは、スリングショットで鳥を飛ばして敵の豚および彼らが隠れる砦(障害物となるオブジェクト)を破壊するゲームで、iOS版から始まりありとあらゆるプラットフォームにて配信され、後に様々なタイプのスピンオフゲームもリリースされ、その累計ダウンロード数は30億件を突破しています。

基本画面はこんなの。画面左にスリングショットがあり、ここであらかじめ決められた数の鳥たちをひっぱって飛ばし、体当たり攻撃で障害物を壊して豚を倒すことを目指します。少ない鳥で障害物を壊して豚を全員倒すとハイスコアでクリアとなり、各ステージごとに三ツ星で評価されます。もうチュートリアルなんか無くても画面を一目見れば分かるシンプルなステージ構成とルールで、それでいて「木は石より脆い」「ゴムは滑って弾む」「ガラスは割れると硬い音がする」など障害物の種類によって物理挙動や破壊時のサウンドが異なり、プレイを通して「三角形と台形の形状がいかに衝撃に強く壊れにくいか」等の物理を自然と学べる知育要素もあったことから老若男女を問わず世界中でスマッシュヒット。マネタイズ面でも早期にグッズ展開とクロスメディア展開を始めたことが功を奏し、アプリのダウンロード収益(初期タイトルは120円の有料アプリだった)や広告収益よりも商品販売で莫大な収益を上げ、一時はフィンランドで最も稼ぐゲーム会社となりました。ちなみに現在は「クラクラ」や「クラロワ」を提供しているSupercellに抜かれて二番目になってますけどね。

…とまあこのように大ヒットしゲーム業界において一時代を築いたAngry Birdsですが、不思議なことに日本市場で”だけ”全く鳴かず飛ばずだったのです。鳥だけに。Rovioの日本法人であるRovio Japanを立ち上げた人は私の友達で今現在もお世話になっているので、このようなことを書くのは非常に心苦しいのですが事実なんだから仕方がありません。本当にAngry Birdsは日本で流行りませんでした。

もちろん日本進出にあたりRovioもRovio Japanも考えうる全てのPR手法を用いました。日本進出決定の際には駐日フィンランド大使館で当時のフィンランド経産大臣も出席しプレス発表会&パーティを開催し、日本をモチーフとしたステージをゲーム内で配信し、銀座のApple Storeやキュープラザ原宿、NTT DoCoMoスマートフォンラウンジでリリースイベントも開催し、フジテレビとタイアップし、ガチャやコンビニくじを含む日本独自グッズを販売し、プライズ展開し、他タイトルとのコラボも行い、Twitterに日本語専用アカウントを作って情報発信し、着ぐるみを作ってショッピングモールでミート&グリードイベントを行い、芸能人やYoutuberを起用したプレイ動画の配信を行い、Webマンガを公開し、日本のディベロッパーと協業し日本発のスピンオフゲームを配信し、App Bankの協力のもとRovio本社からクリエイターを呼んでファン参加型イベントも実施しましたが見事に全てが空振りに終わり、やがて本社RovioのレイオフによってRovio Japanは消滅してしまいました。これを読んでいるゲーマーおよびゲームクラスタの方で上記のPR施策を覚えている方はいらっしゃいますか?おそらくいないんじゃないかと思います。

↑クレーンゲームのプライズ。

↑「クェーーーーーッ!(遊んでよ!)」というセリフが今見ると実に切実な消滅都市(現:消滅都市2)とのコラボ。この当時はまさかSupercellとGREEが特許紛争を繰り広げることになろうとは夢にも思っていませんでした。

これだけ多種多様なPR施策が行われたのはおそらく日本だけです。これらがもし北米市場や南米市場、EU市場で行われていたら、きっと世界的な有力ゲーム系メディアがこぞって取り上げ記事にしていたでしょう。

既に日本以外の市場では大ヒットしグッズ販売の実績もあったのに、なぜこれほどまでにAngry Birdsは日本市場で見向きもされなかったのでしょうか?これは私の勝手な想像ですが、その原因は「鳥が体当たり攻撃で障害物を壊し敵の豚を倒す」というゲームシステムの根幹にあったのだと思います。

私は実家の諸事情により2012年に当時15年住んでいた東京から実家のある秋田県横手市に戻ったのですが、当初は自分の関わるTechやゲームで地元を少しでもポジティブな方へ変えたいと思いそれなりに動いていました。その際、高齢者でも簡単にプレイできることもあってAngry Birdsを周囲の人々(ほとんど中高年)に勧めてみたのですが、これがもうビックリするくらいネガティブな反応しか返ってこなかったのです。それも

残酷なゲームだ

という反応が。「体当だり以外になんとがならねえのが?」「ボロボロになって可哀そうだべ」「ぶつかってなんぼ痛えべ」「消えでしまったどもこいづらは死んだなだが?」「可哀そうでとでも続げられねえ。やりだぐねえ」と散々な言われようで、とどめが「これなばオラのばあちゃんにはとでも見せられねえ。兄貴が特攻隊で死んでるもの」。

特攻隊

そう、神風特攻隊です。

実は年齢が高くなればなるほどAngry Birdsにネガティブな印象を持つ人が増える、という現象には東京にいた頃から薄々気付いていました。というのも銀座のApple Storeで開催されたリリースイベントの質疑応答のコーナーで、登壇していた当時のRovio CMOのPeter Vesterbacka氏に対し「鳥は体当たりしたあと消えてしまいます。彼らは死んでしまったのですか?」と質問した中年男性の参加者がいたからです。いい歳した大人からそんな質問が飛び出たのがよっぽど意外だったらしく、Vesterbacka氏はあからさまに「えっ?」という表情を一瞬見せましたが、「Angry Birdsの鳥と豚は『トムとジェリー』の追いかけっこのようなもので、豚が鳥の卵を盗み、それを取り返すために鳥が豚を攻撃するという一連の流れを永遠に繰り返します。だから鳥は消えてしまっても死ぬわけではありません」的なことを回答していました。
このような質問が大人から出る一方で、Angry Birdsは幼い子供達にはそれなりに受け入れられていました。前述の着ぐるみのミート&グリードやApp Bank協力のイベントにはたくさんの小学校低学年くらいの子供達が親と一緒に参加していましたから。しかし如何せん現在の日本は超・少子高齢化社会。子供達だけの支持ではとても満足な収益は上げられません。

子供は無邪気にAngry Birdsを楽しめるのに年齢が高くなるほどネガティブな印象を持つ人が増える…という現象の裏には、やはり何気に神風特攻隊の暗い影が影響しているのかもしれません。子供のうちはそんなもの知る由もありませんが、成長すれば日本史の授業で神風特攻隊という存在があったことを学ぶし、終戦記念日の時期ともなれば毎年何かしらの特番が放送されるので嫌でも目に入ってきます。太平洋戦争の良し悪しに興味・関心がなくても、かつて「本当に敵に体当たり攻撃をして死んでしまった人達がいた」ということを知ってしまった後だと、無意識下で無邪気には楽しめなくなってしまうのではないでしょうか。

とはいえ、「鳥が体当たり攻撃で障害物を壊し敵の豚を倒す」のはAngry Birdsというゲームの根幹、日本市場だけそれを曲げるなんてできるわけがありません。残念なことですが、Angry Birdsは最初から日本ではヒットできない運命にあったのでしょう。

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