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自分の得意と苦手を「解像度高く」知ること

起きてすぐ窓を全開にして、涼しい空気を浴びながら、スマホでYouTubeの音を流す。

なんだか、大学4年生の春頃を思い出す。とんでもなく平和だった。「平穏」という言葉が一番よく似合う日々。コロナ自粛のムードの中、はじめて何にも縛られずに、春を全身に浴びて暮らしていた。

なぜ今日、あの時期を思い出すんだろう?
この温度と、涼しい風と、あとはYouTubeか。
今日は、ちょっと久しぶりに中田敦彦さんのYouTube大学を流している。大学4年生の頃、特にはまっていた(今も聴くけど。)。この、スマホから直接流れるYouTubeの音が、当時を思い出させるのか。

そんな感じで少しノスタルジックな気分になっていると、スマホから「自分の得意と苦手を知ること」という声が聞こえてきた。

抽象的でありきたりな言葉だなと一回流してから「うーんでも、大事なことだよな」と思い直す。特に「解像度高く」得意と苦手を知ることは大事だよな。

仕事を休み始めた頃は、本当に熱心にやっていた作業だけど、最近あんまりやっていなかった。ちょっと久しぶりに自分の得意と苦手を書き出してみようかな、と思った。

最初に「人と話すことが好き」と「文章を書くことが好き」が出てくる。だめだ、もっと解像度を上げなくては。

話す系でいくと「人の悩みを聞く」ことが上手だと思う。状況を素早く把握する、共感する、適切な温度感の助言をするっていうのを結構滑らかにやる。

というか、一対一の深めなコミュニケーションが好きなんだよな。会話が好き。昔は「ときどきピタッとハマる」という程度だったけど、最近わりと誰でも落ち着いて話せるようになってきた。ちなみに、大人数の飲み会とかは疲れちゃうので苦手。

あとは「人前で喋る」ことも得意。いつからか、全然緊張しなくなった。特に長く喋るのが得意で、会話形式(質問者がいる場面)だとより得意で、インタビューはする方もされる方も上手にやる。興味がある場合に限るけど、質問・発問の角度は結構良いと思ってる。

でも、緊張する場面というか、プレッシャーをかけられるような場面では、パフォーマンスが著しく落ちる。あと、断ることは苦手で、押されるのも苦手。

書く系でいくと、難しいことをゴニョゴニョ書くのは全然だめなんだけど「内面を書き出す」とかあたりまえのことを「言語化して整理する」みたいなことは結構得意。クリエイティブな発想だとか、言葉の感覚はわりと良い方だと思う。

難しいことをゴニョゴニョ書くのは、他の人にやらせた方がいい。長いもの、ルールが多いもの、ザーッと書けないもの、文体に個性が出ないものは、周りの人に比べてクオリティがちょっと落ちるんだよね。書いてるストレスも半端ないし。

でも、契約書のドラフトは結構好きなんだよな、短くて抽象的で研ぎ澄ませていく系の文章は向いてるのかも。

その他。あとは、電話でのコミュニケーションが得意で、(いつも早いわけじゃないけど)テキストベースのコミュニケーションもそんなに悪くない。初対面が得意で、特に後輩に好かれやすい。
リサーチ/調べものはそんなに嫌いじゃない。緻密で高度なものだとウッてなることも多いけど。


うん、このレベルなんだよな、「解像度高く」というのは。

「解像度」という言葉は、「解像度を上げる」みたいなタイトルの本に代表されるように、最近本屋さんでよく見かけるようになった。流行が本質的な部分を抑えているのかしらないけど、「解像度」はめっっっちゃ大事なポイントだと思う。

差別だとか偏見を無くすために必要なのは「解像度の高い(そして質の高い)当事者のエピソード」だと思っている。

解像度高いエピソードに触れたときに、はじめて心が動く。心が動いて、想像ができたら、経験になる。記憶に残る。他者に語ることができる。

「解像度の高さ」は行動に直結する。それで、得意や苦手を把握する場面では、解像度が高ければ高いほど、具体的な物事を精度高く振り分けられるようになるんだ、多分。

ということで、得意と苦手の把握、得意を伸ばすうんどう(文章を書いたり、友達とラジオしたり)は、引き続きやっていきたいと思います。

ちなみに今回、苦手じゃなくて得意の方が多く出たところに、自分の成長を感じています。

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