ミキサー車の歌

日常的絶景  浪江まき子 (『象』第六号)

生コンをかきまぜながら次々と海への車線をゆくミキサー車

斜めになった荷台をゆっくりと回しながら走るミキサー車って何か気になって、通りかかるとしばらく見てしまいますよね。何となくずっと見てしまうものの代表格といえば海なんですけど、そこへ向かっていくミキサー車というのが実にしっくりきています。この歌は表面的には(つまり現実的には必ずいるはずのミキサー車の運転手とかこの風景を見ているであろう主体などをいちど無視すれば)無生物であるにもかかわらず、生命のようなものをすごく感じました。生命の源と呼ばれる海に、さらにその素となるものを放出しにいくかのようなイメージが、生コンクリートから喚起されるところがとてもおもしろく、好きでした。そして逆に言えばそういうゆらゆらした生命感があるためにミキサー車や海を何となくずっと眺めてしまうのかもしれないですよね。普通に考えればミキサー車は人工物で海は自然のものなんですけど、日常的な目線においてはその二つの区別にあまり意味はありません。すぐそこにあるものを「絶景」と呼ぶ、そのことをためらう必要なんてないわけです。


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