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海外でスマホをなくしたら色んなことがわかった

朝7時に目が覚めて見上げた空だ。
真っ青でどす黒い。
気持ちよく澄みきった青さとその下に沈殿する黒いもやに、寝ぼけ眼をこすった。
二度見した。
ここはどこで、これは何?
私は少しずつ現実に意識を戻し始めた。
ここは、フィリピンの首都マニラで、私は語学研修中の旦那に会いにきたのだった。

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「とりあえず、Grabアプリだけインストールしてくるように」
一人で海外に行くのは初めてで、現地集合ってハードルの高さにびくびくしていた私に、旦那がくれたたった一つのアドバイスだ。
Grabは配車アプリで、これで安全にタクシーが呼べるらしい。

10年前、友達と二人でセブに行った時は、タクシー乗ったらまず「メーター!」って口に出すのが鉄板だった。必ずメーターを回してもらって合理的な値段で交渉するということが、ぼったくられないための王道の武装手段だった。
でも 今やメーターに注意する必要もないらしい。

どういうこと?

仕組みのわからない不安と、ひとりぼっちであることへの不安、両方にかられながら、ニノイ・アキノ空港についた私は、ひとまずインストールしておいたGrabを立ち上げた。

地図が表示され、目的地を入力する。
すると、車両が検索され、金額と時間が提案される。提案されるまま、予約ボタンを押すと、ドライバーの写真と★5つ(★の数が信頼の証であることは世界共通だ)、そして車種と色とナンバーが表示された。
私はこの車を見つけ出して、この金額を支払えばいいんだ、だからメーターの動きを注視する必要はないということが感覚的にわかった。
その仕組みが理解できた瞬間、不安と緊張がほどけた。
あまりの便利さと必要な情報だけ与えられるシンプルなインターフェイスに感心してしまった。

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その後はとてもスムーズ簡単に車両を見つけ出し、難なく目的地にたどり着くことができた。なんて幸先がいい旅なんだ。私は自信をもった。
次の日どんなことが自分を待ち構えているかも知らずに・・・・

—翌日

「やばい!スマホがない!!」
世界遺産であるサン・アウグスチン教会の前で、Grabタクシーを降りた旦那はこう叫んだ。
さっきまで車内でスマホを見てたのになくすわけがない。でも、バッグの中、ポケットというポケット全て確認してみたけど、スマホはどこかに消えていた。
あたふたしている私達に、観光案内の車夫が近寄ってきた。
「君たち、iPhoneなくしたの?」
痩せた体に日に焼けた浅黒い肌。くたくたのTシャツ。屈託のない笑顔からのぞく歯はところどころ抜けていた。なんだか憎めない感じのおじさんだった。
私達が状況を説明したところ、同情した様子で、すぐ近くに警備室があるから連れていってあげるよと言った。
頼れる人や情報がどこにもない私達は、怪しいと思いつつもとりあえずついて行くことにした。

警備室に到着するといかにも強そうな太った警備員が2人いて、沢山あるモニターをめんどくさそうに眺めていた。
車夫が事情を一生懸命説明するので、だるそうな警備員はしょうがないといった感じでモニターの映像を巻き戻し始めた。
すると、20分前の映像に、私達が、Grabタクシーを降りる様子が映っていた。
あ!ここだ!いたいた!私達だ!って興奮した。まるで初めてウォーリーを見つけた時みたいに。

で・・?

そうだった。
自分たちの映像を見たところで、次の一手がないのだった。
映像を見る限りスられた様子もないので、おそらくスマホはタクシーの中に置き忘れたのだろう。でもそのタクシーはどこか遠くに行ってしまった。
警備員は、教会付近の警備だけ任されているわけで、マニラ全体の警備を任されてはいない。言葉が伝わらなくても、彼らがこれ以上関わる気はなく非協力的であることは私達にもわかった。

変な空気になったところで、車夫が切り出した。

「交番へいこう」

交番へ行っても同じなのでは?
心の中でそう思ったけど、何もしないよりマシのような気もする。

誘導されるがまま私達は車夫の運転するトライシクルに乗せられた。トライシクルは客が2人乗れる三輪車だ。お世辞にもきれいとは言えない年季の入ったトライシクルが石畳の上をがたがたと進む。揺れがすごいし、走ったほうがよほど速い。息苦しかった。朝の空が黒かったこと、今きっとその黒い空気を吸っていることを思い出した。先が見えないどんよりとした空気はもっとどんよりとなった。

交番へついた。
車夫が警官を呼んでまた事情を説明してくれる。
珍しがって5人くらいの警官が外にでてきた。
平和な交番なんだろう。それを象徴するかのように外のベンチには猫が気持ちよさそうに寝そべっていた。

若手の警官が私達の相手をしてくれた。
「iPhoneを探すアプリは使ったかい?」
はっ!とした。
灯台下暗し。次の一手は私の手の中にあるじゃないか。
iPhoneに備わった有名なその機能のことをすっかり忘れていた。
さすが警官である。
私は自分のiPhoneのアプリを立ち上げ、旦那にAppleIDとパスワードを入力するように促した。
パスワードを入力する彼の手が震える。
iPhoneが彼のスマホの所在地を確認し始める。
一体どこにあるんだろう。
期待と緊張で胸がドキドキする。
結果が出た。

「オフライン」

え?
旦那の方に顔を向ける。
汗ばんだ彼の左手には、日本から持参したポケットwifiが握りしめられていた。
オーマイガー!
私が外国人だったらこう叫んでいただろう。
海外ではwifiがないとスマホは繋がらないのだ。

次に、私は、先程のGrabタクシーは自分のスマホから手配したことを思い出す。運よくアプリには運転手の情報が残っていた。
メッセージを送るが、反応がない。
電話番号があったので、かけてみるも、国際電話ゆえにうまく繋がらない。

見兼ねた警官が、自分のスマホでfacebookを開き始めた。
そして、運転手の名前を検索し、メッセージを送ってくれた。
なんてカジュアルで親切なんだ。
でも、運転手からの反応はなかった。

すると警官は、Grab本社に電話をし、車内での忘れ物はどこに届くのか確認を始めた。スマホが届いているかはわからない、けれどGrabフィリピン本社に行けば届いている可能性があるということだった。
私達は警官が検索してくれたGrab本社の住所の写真をとり、心からお礼を言った。「サンキューソーマッチ‼」
暗闇の中から一筋の光が見えた瞬間だった。

ここまで着いてきてくれた車夫にもお礼を言うとともに、観光案内の相場の倍の謝礼を渡した。そしたら、急に車夫の顔つきが変わった。
「はぁ~?こんだけついてきてやったのにそりゃないよ、倍くれよ。」
なんとなく予感はしてたけど、やっぱりぼったくられた。親切にしてくれた人が、お金のことになって急変する顔色を見ると、心が萎える。と言っても金額は日本円だと大したことはない。だから良心的ぼったくり、そう思うことで複雑な気持ちを落ち着かせた。

Grab本社に向かうため、私達はまた、Grabを手配する。
スマホが届いているかはわからない。
もし悪用されていたら?
家に帰って高額の請求書が届くことを想像するとゾッとする。
車に乗りながら、私のスマホから日本のキャリアに電話をし、回線中断の連絡をすることにした。
オペレーターが出た。
訛りのあるたどたどしい話し方で、色んな質問をする。
本人のスマホの暗証番号、住所、同居人の名前、電話番号などの個人情報だ。
ん?もしやフィッシング詐欺に電話をかけたのでは?
ナイーブな心理状況に陥った私達は謎の疑いをし始めた。
良心的ぼったくりのボディブローがここへきて効き始めていた。
こんな個人情報教えてほんとに大丈夫なの?これからもっと強いパンチがとんでくるかもしれない・・・
オフィシャルサイトからかけたはずの電話なのに、何も信じられくなった私達は、結局回線を中断することすらできなかった。

Grab本社に着いた。
イメージカラーの緑一色だ。
受付を通り、係の人に事情を説明した。
同じように忘れ物を取りに来た人がちらほらいて安心する。
廊下のベンチで座って待つことにした。
長い時間だった。
何もすることがなくてスマホを開いたけどSNSなんて見る気がしない。
何も検索ワードがでてこなくて気づいたら目の前にある「Grab」って文字をGoogleに入力していた。
Grabは2012年6月にマレーシア人が作った会社で、今本拠地はシンガポールに移しているらしい。税金対策かな。でもそんなことは今はどうでもいい。
配車アプリだとUberが有名だけど(私でも聞いたことはある)、東南アジアだとGrabが浸透しすぎてUberは撤退したとのこと。なるほど、マニラを旅行すれば、いかにGrabが市民に根付いているかがわかる。
次に主要株主に目を移す。
そこにはこう書いてあった。

「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」

日本だ。日本の会社が出資している!

そう思った時、名前が呼ばれた。
近くに係のきれいなお姉さんが立っていた。
絵本にでてくる湖の女神のような清楚でかわいい顔をしていた。

「あなたたちが探しているのは、こちらのiPhoneですか?」

お姉さんの手の中にはiPhoneがあった。
金のiPhoneでも銀のiPhoneでもない、そう、使い古された黒のiPhoneだ。
画面には特徴的なキズがあって、それが旦那のものであることは一目でわかった。
「そうです!これです!」
パスワードを入力し、画面を開く。
普通に起動する。

よかった~~~!見つかった~~~~!

心底ホッとした。
私達が興奮していると、その様子を向かいの席で見ていたフィリピン人のおじさんはこう言って親指を突き上げた。

「This is Grab !」

この言葉に集約されていると思う。
フィリピン人の良さはGrabを通して見ることができた。
治安が悪いと聞いていたけど、中にはiPhoneをちゃんと届けてくれる人もいる。
たまたま運転手がいい人だったっていうのもあるだろうけど、Grabが評価制(★の評価)であることも少しは影響しているかもしれない。何より、ユーザーが忘れ物をした時のためのフォロー体制がしっかりできているのが素晴らしい。プラットフォームってこういう仕組みを言うんだ。

そしてすごい日本企業は私なんかがこの仕組みに感動するずっと前にGrabの光を見抜いていたんだと感銘をうける。今回、海外でスマホを落として、日本のスマホの会社に間接的に救われた。このドタバタ劇はなんだったんだろう。ただ偉大なあの人の手の平の上で転がされていただけかもしれない。そんな風に想像するとなんだか可笑しくて笑える。

世界遺産は見られなかったけれど、その日はなんだか世の中の縮図がギュっと詰まったような一日で、こういうのを体感できることも旅の醍醐味かもしれない。

だから、また、懲りずに旅に出ようと思う。


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