世界中で文化を楽しむ

「なぜ麺を流すんだ!?」

僕は答えに窮したが、その空間は確かに笑顔で溢れていた。

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僕は大学で建築を学んでいたとき、パリに1年間留学をした。

”交換留学”といえば聞こえはいいが、勉強なんてそっちのけで、パリの街を散策したり、あちこち旅行に行ったり、遊んでいた記憶しかない。

そもそも、”大学で建築を学んでいた”ということに語弊がある。

正確には”建築を学ぶ学科に在籍していた”にすぎない。
大学では最低限の授業に出席するだけで、アルバイトばかりしていた気がする。

パリに留学した理由もいたってシンプル。

「パリに留学ってなんかカッコイイ」

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パリに留学中はルームシェアをしていた。

僕を含めて日本人が2人と、フランス人が3人の計5人。

みんな20代前半〜半ばくらいだったので、週末になるとしょっちゅうホームパーティーが開かれ、どんちゃん騒ぎしていた。

ホームパーティーには、年齢こそ近いものの、国籍も宗教も性別も肌の色も違う、多種多様な人が遊びにきていた。”LGBT”なんていうのも当たり前だった。

当時は「これが他民族国家か」と驚いたことを今でも覚えている。でも、違和感はなかった。

いろんな人がいて当たり前。それが人のあるべき姿だと思った。

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僕は昔から料理が好きだったので、パリでのホームパーティーのときには料理を振る舞うことが度々あった。

そんなときはやはり、和食が一番喜ばれた。

手巻き寿司をしたり、天ぷらをしたり。

ただの”料理好き男子大学生”が作るものなので、決して立派なものではなかったが、みんな喜んでくれた。

ときには、杵と臼をなんとかパリで探し出して”餅つき”を行ったり、家の中に子供用プールを用意して数メートルの”流しそうめん”なんかもやった。

餅つきや、流しそうめんなどは、日本にいればそれなりに馴染みのあるものだったが、外国人の目には、かなりクレイジーなものに見えたようだ。

「なぜ麺を流すんだ!?」そう聞かれたが、そこに居合わせた日本人は誰も答えられなかった。
確かに、麺を流す理由がない。初めに素麺を流し始めたやつは、かなりクレイジーなやつだったに違いない。

麺を流し始めた理由はわからなかったが、みんなが目の前の異文化を楽しんでいることだけはわかった。

多種多様な人が集まって、”日本の文化”を中心に、一つの楽しげな場が生まれるのが、たまらなく楽しかった。自分たちにとっての当たり前が、世界で喜ばれるのが嬉しかった。

僕はこの頃から、日本人であることを誇りに思うようになり、”日本人ならでは”のことで、世界を楽しくしていきたいと考えるようになった。

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僕は今、福岡でお弁当屋さん「park」をやっているが、”お弁当”を自分の生業に選んだのには、上記のような理由もあった。

”お弁当”は紛れもなく日本の文化であり、世界でも”BENTO”は受け入れられつつある。海外で人気のお弁当屋さんも、たくさん存在する。

僕も、parkのお弁当を、いずれは海外へ持っていくつもりだ。
実のところ、まだまだ今のお店をやっていくだけでいっぱいいっぱいではあるが、挑戦する価値はあると思っている。

お弁当があれば、海でも、公園でも、世界中のありとあらゆる場所が、カジュアルなジャパニーズレストランになる。

世界のありとあらゆる場所で、多様な文化を楽しむ。そんな世界を実現する、ほんの少しのお手伝いができればと思う。

それが、”街のお弁当屋さん”としては分不相応な、「park」のたいそれた目標である。


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寺元 力

街の新しいお弁当屋さん“park”代表。九州大学卒業してから飲食の世界へきました。過去にはパリで修行したり。ここではお店の運営についてや経営のこと、あと育児のことなんかを書いていきます。1989年3月4日大阪生まれ。一児の父。

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