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水面下 vol.3

僕は洗濯が嫌いな方ではない。あの決まった手順を淡々とこなすのが好きなのだ。細いハンガーにはズボン太いハンガーにはシャツ。洗濯ばさみがたくさんついている、何と言ったかあのやつにも決まりはある。下着は真ん中、靴下は外側。勿論、靴下のペア同士は隣り合っていないといけない。

というようなことを彼女に初めて喋ったとき、彼女は持っていたマグカップをテーブルに置いて、笑った。

「そんなに面白かった」

「ええ」

「あなたがそんなに細かい人だったって、知らなかった」

「細かくはないよ。僕の母も、洗濯にはルールを設けていたさ」

「ええ、でも、あなたが洗濯にこだわりを持っていたのは、知らなかったわ」

「もっと淡々と洗濯しているのだと思っていた」

「いや、別に情熱をもって洗濯機を回しているわけではないけれど」

「どうりであなたがたたむ洗濯物も、綺麗に重ねて置いてあるのね」

「そうかな」

「そうよ。私にはあれが、神様への捧げ物のように思える」

「神様への?」

「そう。神様への」

「どんな神様?洗濯の神様?」

「そうねえ。洗濯の神様じゃなくて、もっとこう、宇宙の原理を司る神様」

「宇宙の原理?」

「そう。宇宙の混沌と戦う神様」

「混沌って、カオスのこと?」

「もう。あなたはすぐそうやって、カタカナ言葉を使う」

「君はいつもそうやって、話題をすり替える」

「すり替えてなんかいないわ。この話は続いているのよ」

「でもそうやって、すぐに揚げ足を取るじゃないか」

「取ってなんかいないわ。あなたの喋り方が、気に食わなかっただけ」

「それを言っちゃあ、お終いだ」

「そのセリフ、ドラえもんによく出てきたわね」

「それでのび太くんが、『ああ、お終いさ』って言うんだ」


バタンと音がして、風が少し入ってきた。そして僕はふと我に返る。

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