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「正しさ」のない街

乗り換えが面倒だったので少し遠い駅まで住宅街のなかを歩いた。住所からするとたぶんこのへんは高級住宅街?実際閑静で緑が多くて、みんなが住みたがりそう。一軒家も多い。

いい雰囲気と思いながら歩いていたのだが、なんとなく駅に近づいていくたびに少しばかり胸のあたりが重たーい感じになってくる。広々とした園庭のある幼稚園、みっちゃーん呼ばれてるよーというお母さんの声、お花に水をやるおばあちゃん、紺色の制服と帽子を身につけた小学生、犬を連れた男性。

なんとなく。なんとなくだけど、正しすぎる光景のような気がして。

私の住んでいる街は、ここはニューヨークかっていうくらい外国人が多い。中国や韓国だけじゃなくて、ヨーロッパ系やアフリカ系、中東、パッと見てどの国かわからないような東南アジア系。こんなちょっと郊外とちょっと下町のあいだの街が、サラダボウルになるなんて。

平日の昼間玄関を出ると、お母さんと2-3歳くらいの子ども、そのふたりを見守るおばあちゃん。聴こえてくるのは中国語。子どもが生まれて親を呼び寄せたのかな。

3時ごろ。黄色い帽子をかぶった小学生。水色や紫のランドセルが太陽に反射して眩しい。

6時ごろ。子どもを前後ろに載せて全速力でこぐお母さん。

9時。自分よりでかいんじゃないかと思われるスーツケースを2個も3個も持ってわいわいホステルに向かう女子グループ。頭にはスカーフ。

週末。ボートレース行きのバスに列をつくるおじさんやおじいさん。ひたすら列、列、列。たぶんこの街一番の行列である。

統一感がなく、ごちゃごちゃしていて、自分と全然違って、生活が想像できなくて。

でも、たった数年間しか住んでないけれど、みんなに共有された「正しさ」がぱっと浮かばないこの街が、なんか好きだなと思う。

それでは、また。



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