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水面下 vol.4

「おかえり」と僕は言った。

「ただいま」と彼女は言う。

「クロワッサンは買えた?」

「ええ。あなたにはフランスパン」

「雨はひどくなかった」

「大丈夫だったわ。焼きたてだったの。あんまり冷めてないといいのだけれど」

「コーヒーを入れようか」

「ええ、お願い」

「せっかくだし、豆から挽くやつにする?」

「そうね。日曜日だものね」

「それとも紅茶にする?」

「ううん。紅茶にはマドレーヌがいいの」

「マドレーヌ?」

「そう」

「買ってきたの?」

「違う違う。プルーストのね、小説の中に、紅茶にマドレーヌを浸すシーンがあるのよ」

「ふうん」

「それで、それ以来、紅茶とマドレーヌがセットになっちゃったの」

「だからクロワッサンにはコーヒーなの?」

「クロワッサンにはまだ、決まった相手がいないの」

「ふうん」

「じゃあコーヒーでいいかな」

「そうね」

クロワッサンは少し湿り気を帯びてはいたけれど、それでも一口食べるとさくさくと雪が降るみたいに口から零れ落ちて行った。

彼女は美味しいクロワッサンを選ぶのが上手い。

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