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入院生活。

急遽切迫早産で入院となった。先週お腹に違和感があり、横になったところ規則的にお腹が張り出す。痛みの予兆も感じられた。不安と「引越し準備で無理したかな」という自責の念で涙がぼろぼろ溢れてくる。こんなこと今までなかったので、助産師やっている友だちに相談したらすぐ返事くれて、念のため病院に電話をする。「お越しください」と言われたので、実家で一緒だった母の運転で病院へと向かう。夫が慌てて後で駆けつけてくれる。

薬をもらって帰る感じかな、と思ったら「うん、入院しましょう」と先生からの一言。これまでの健診では「問題ありませんね」とさっと──それこそ「え、もうちょっとみてよ」とこっちが思うくらいさっと──終わっていたので、青天の霹靂並みに意外な一言だった。

バタバタと夕食を食べ、そのまま家族と別れてすぐさま病室へ。たまたま持っていた服に着替え、その日はそのまま9時に消灯となった。9時に電気を消されたところで、いつも1時2時に寝ている私は眠れるわけがない。仕方なく持ってきていた本を手元の灯にかざす。いつも(必ずしも読むわけではない)本を持ち歩いているかいがあった。

次の日は家族みんな休みだったのでお見舞いに来てくれる。一番下の弟は「ぼくはいいや」と行って来なかった。男兄弟というのはそっけないものである。

突然の入院だったので、夫にとにかく最低限必要なものを持ってきてもらう。このやりとりがとにかく大変だった。LINEのノートにリスト化するものの、いちいち「これはどこにあるの?」「棚ってこの棚のこと?」というやりとりが延々と続く。退院したらすぐさま入院準備(出産の)をしようと心に決める。人の荷物を揃えるのは夫婦であっても難しいのだ。

点滴をしたら張りはなくなったのと、入院時はまあ退院は3日後くらいですかね...と言われていたので、すぐに点滴が外れるものと思っていたら甘かった。お腹の張りが減ったとしても、点滴を徐々に減らしていき、その後服薬で様子を見て、退院になっても自宅安静が待っている。退院は一般的には一週間から10日ですかねと助産師さんに言われ思わず涙が出る。無理してないつもりでも、無理しちゃったのかなと自分を責める。

それでも、入院して安静にしていてもちょこちょこお腹が張るので、無理したとかそういうのは関係なかったのかもしれないな...と諦めモードに入る。赤ちゃんが無事で健康なのが一番だし、37週に入るまでとにかくお腹の中で育てないといけないのだから。

入院生活は、想像していたよりは快適だった。ベッドに寝転んでいても部屋は綺麗になり、シーツは変えてもらえ、食事は決まった時間に一汁三菜くらいのものがお盆に乗せられて運ばれてくる。なんとも不思議な感覚だった。普段私、それなりに家事してるんだな...なんてしみじみ思う。

とはいえやっぱりストレスもある。大部屋なので音を立てないよう、消灯後の明かりが盛れすぎないよう終始気を遣うし、助産師さんの一挙一動に一喜一憂する。いきなりカーテンを開けられたり、出て行くときにカーテンをちゃんと閉めてもらえないといった、ちょっとしたことがストレスになってゆく。

何より点滴がつらかった。点滴しているのに張りがあるのもつらいけれど、何より副作用──手の震え、しびれ、ほてり、血管の痛みうんぬん──がつらく、痛みで寝れなかったり夜目が覚める。5日目で内服に切り替わったときはほっとした。点滴に戻されないことをとにかく祈っている。でも自分のお腹の張りなんて、コントロールしようがないんだけれど。

妊娠して思ったのが、とにかく思い通りにしないようにしよう、予定通りに行くと期待しないようにしよう、ということなんだけれど、それを入院してからひしひし感じている。とにかくどうなってもいいように、気長に構えておく。妊娠期の入院は明確な終わりが見えてるんだから...と励ます。闘病生活をこれまでしていた家族に、思いを馳せる。もちろん状況が違うから今でもわかったつもりになんて到底なれないけれど、それでも入院する前より、その生活と苦労が想像できるようになった。

大部屋では廊下側の部屋なので、窓の外が見れない。モニターをしたり面会時にロビーに行ったりするときに窓の外を見て、なんてことない景色がすごく美しく見えることに気づく。高く高く澄み渡った青空とか、そこにぽっかり浮かぶ真っ白い入道雲とか、真夏の光を浴びてゆらゆら揺れる木々の葉とか。友だちに言ったら、「私のお母さんも妊娠中、菜の花畑がすごく美しく感じられて、それで菜っていう漢字を使った名前にしたんだって」と返ってきた。いろいろ制限がかかっているからこそ、日々のなんてない景色が美しいし、なんてないことが幸せだったりする。

病棟以外は行動制限がかかっているので、診察やらなんやらでそれ以外のところに行くときは車椅子に乗せられる。自分で動けないし、目線は低くなるしですごく怖い。押してもらっているとなんとなく周りの目線を感じる。どことなく、自分の自尊心めいたものが傷つけられる。普段家事とかをしていて、要はわりかし人を「ケアする」側にいる自分が、一瞬で「ケアされる」立場に変わりうることを痛感した。家族も、人間関係も、自己認識も、そして社会制度も、「人は一瞬でケアされる立場に変わりうる」ということを加味してやっていったほうがいいことを、前から頭ではわかっていたけれど、ひしひしと感じた。

毎日身体の調子も処置の方針も変わっていくので、感じることも考えることも変わっていくからひとまずメモしておこう...とnoteを開いたけれど、一週間くらいエッセイを書いていなかったからか思ったより長くなる。まだ続きを書きたいけれどさすがに電気を消すべき時間がきたのでいったん切り上げないといけない。

それでは、また。


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