見出し画像

当たり前の共感を貴女の声で歌うから

うーん、かなわないな。

そう思わせられる作品、芸術の根底には、必ず最大の共感がある気がする。

感じている本人さえ気づかない、心の底にある感情、快楽、悲哀、優しさ、苦しみ。

それを顕在化して、ぐっと心を引き寄せる。

そんな力を持っている。



ここ数日、体調を崩していた。

ベッドの中で大人しくぎゅーっとしていても寝れず、蒸し暑くて汗ばかりかいた。

深夜だし、イヤホンを耳に突っ込むぐらいしかできなくて、シャッフルで曲をかき混ぜる。

喉に流れ込む、一筋の冷水のように入って来たのは、椎名林檎の

本 能 。

淀んでいた私の意識を、ナース服の脚が蹴り上げ、晴らしていった。



少し耳の痛くなるイントロを通り越し、歌が流れてきてふと、気付く。

本能。この曲はタイトルから最後の一文字まで、なんて激しい当たり前を歌っているのか。

心の中の共感する部分を、掴んで確実に揺すってくる。その振動が波紋となって、心全体を揺り動かす。


どうして 歴史の上に言葉が生まれたのか  太陽 酸素 海 風  もう充分だった筈でしょう


そうだ。言葉が生まれた不思議について、考えたことが何度もあるんだった。

こんな複雑なコミュニケーションを音と記号で行う仕組みができるなんて、やっぱり人間の脳は優秀だけれど

傷つけ合いも、災いも、別れも産むなら、本当は言葉がない世界が1番きれいで、潤っていたのかもしれないと。


淋しいのはお互い様で 正しく舐め合う傷は 誰も何も 咎められない


寂しさの埋め合いから始まるものだっていくらでも転がっている。
恋も、友情も、時には結婚という家族を構成することも。
でも間違いなんかじゃない。むしろ人間の欲求からしたら正しすぎることだと思う。


気紛れを 許して 今更なんて思わずに急かしてよ


人間はみんな、愛する人に気まぐれを許されたいと思う。
昨日はニコニコ、でも今日はツンっと澄ましてみたり。
それに飽きずに一喜一憂されてみたい。
今更なんて思わず、追いかけて欲しい、何度でも「こっちを向いて」と言われていたい。


もっと中迄入って  あたしの衝動を 突き動かしてよ


激しく裏切られた過去を思い出して、もう信じるのが怖いと心を閉じかけても、孤独に耐えれず、中まで入って欲しいと願う。

あなたの中に入り、もっとあなたを何が何でも理解したいという激情を、誰かから貰ってみたい。

もっともっとと突き動かされ、それを見て、ゾクゾクするほど嬉しくなりたい。


全部どうでもいいと云っていたい様な月の灯  劣等感  カテゴライズ そういうの 忘れてみましょう


“何もかもがどうでもいい。”

きっかけは些細でも、そう言いたい日は必ず誰しにもやってくる。まるでローテーションで組まれているように。

本当にポジティブに生き抜くにはそんな日が必要なんだと、遺伝子にプログラムされているみたいに。

生きてるだけで持ちすぎる肩書きが色々ある。学生、社員、なにかの長、父、母、兄弟姉妹、誰かの子供、誰かの友達、彼氏彼女、そういうカテゴリーから劣等感が始まる。
そういう時には、ぜんぶ一旦、忘れるのが適当だ。


終わりにはどうせ独りだし  此の際虚の真実を押し通して絶えてゆくのが良い


人が死ぬとき、誰かとタイミングを完璧に合わすなどできない。無理心中でも、黄泉の国に行く瞬間の意識は、結局は独りだ。

だからこそ、死ぬまで知らなくて良いことがある、知らせなくて良いこともある。

その方が幸せなことがある。

知らなければ、知らせなければ、嘘が真実になることだってある世界だから。


約束は 要らないわ 果たされないことなど 大嫌いなの  ずっと繋がれて 居たいわ  朝が来ない窓辺を 求めているの


約束が果たされないことを、嬉しがるものなんていない。

むしろみんな大嫌いだ。いや、怖がりだ。

いつだって約束は果たされる・果たされないとセットだから。そして、相手がいることだ。

自分の意思でどうにもならない時があるのを皆知っているからこそ、だんだんと、自分を守るために約束なんてしなくなる。

だからこそ、繋がれていたい。約束はできないけれど、確かめたい。朝が来て、お互いが外に出て行くまでの間を繋ぐことだけはできるから。

恋人でも、家族でも、ぜんぶ同じだ。人間同士の関係に、絶対盤石なんてない。

でも、朝までの鎮むように静かな時間は平等だから。一緒にいても、離れていても、繋がれていたい。


繰り返し、くりかえし、聞くほどに、当たり前のことしか並んでないことに気づいて安心感さえ湧いてくる。
共感の波紋がおだやかに心を揺らし続けて、いつの間にか眠りに入った。

もっと単純で陳腐な歌になったっておかしくはなかったのに。

有無を言わさず、日本語の美しさを引っぱり出す言い回しと、

当時の林檎さんの、苦しそうに鳴く猫のような、でも崇高な優しさでフェードアウトするような声。身震いする巻き舌。

その声が、言葉が、実は当たり前な事実や共感をも高貴にさせる。


汗をかいて少し軽くなった体を押し上げると、

画面の中でナース服の彼女が、割れたガラス越しにしっかりと前を見ていた。



#椎名林檎 #エッセイ #音楽 #共感 #熱 #コラム #人間

いつもありがとうございます。 頂いたサポートは、半分は新たなインプットに、半分は本当に素晴らしいNOTEを書くクリエイターさんへのサポートという形で循環させて頂いています。