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『酔いどれ右蝶捕物噺』公開

いろいろとバタバタしていた理由のひとつですが。アルファポリス様で、時代劇小説『酔いどれ右蝶捕物噺』の第1話を、公開いたしました。

カクヨムの方とアルファポリス、読者の層とか反応とか、ちょっと調べてみたくて。この話は、サラッと読める話を目指しましたので、「幕末には〇〇の演目はまだ成立していません~」といったツッコミは、ご容赦を。歴史考証を描いているわけではございませんので。2万1000字ちょっと。短編として、楽しんでいただけたら幸いです。触りだけ、転載しますね。

カバーイラスト/斉藤むねお


以下に、掴みの部分だけ転載を。

■序章■根多卸しの会

   一

「この莫迦野ばかやろうがッ!」
 萬葉亭まんようていちょう師匠の怒鳴り声が、長屋に響いたのでは八つ刻前。
 弟子の新八しんぱちに稽古をつけている最中であった。
「ふぇ? 師匠、いってぇ何がダメなんですか?」
 キョトンとした顔の弟子の新八に、蛾蝶師匠は煙管キセルを長火鉢でカンカンカンと叩きながら、
「酒呑むってなぁ、そういうんじゃねぇんだ。おめえ、酒ぇ一口んだらどうする?」
「一口呑んだら…もう一呑みます!」
「もう一口呑んだら?」
「また一口呑みます!」
「呑んでばっかりじゃねぇか! そんなんだから萬葉亭の新八は萬酔う亭だなんて笑われんだよぉ。酒ぇ呑んでたら、ツマミも喰うだろうがよぉ? こう、ツマミを喰う仕草を酒の合間にいれるってぇと───」
 と扇子を箸に見立てて、仕草を見せる蛾蝶。
 口に放り込んだツマミを、もぐもぐと咀嚼する仕草まで見せてくれる、念の入れようである。
「いかにも酒ぇ飲んでるって、感じがするだろうがよぉ」
「……師匠」
「ん? なんでい」
「やっぱり名人、巧いですね~」
 弟子の言葉に一瞬絶句、顔を真っ赤にする蛾蝶。
 そんな照れ屋の師匠を見て、ニヒヒと笑う新八。

「師匠をからかうんじゃねぇ! だいたい『親子酒』ってネタは、前座のおめえにはまだ早ぇんだよ。高座にかけるのを、許すわけにはいかねぇな」と照れ隠しに怒鳴る師匠。
「そんなこと言わずに、お願いしますよぉ~。椿つばき家伊保太やいぼた郎兄ろうあにさんの根多ねたおろしの会で、やらせていただけるんですから」と慌てて平謝りの弟子である。
「しかし伊保太郎の野郎も、若ぇモンに経験を積ましてやりてぇと、根多卸しの会を開くたぁ。面倒見がいいなぁ、うん。わっちわたしのところにも、ねずみあなを掛けたいからと、足繁く稽古に通ってくるし。あいつは真面目が服を着て歩いてるような、い野郎だなぁ」
「毎日毎日、前座噺じゃやる気も育たねぇからと、あっしら前座の気持ちも汲んでくれるし。ありがてぇこってす」
「ンだが新八よぉ、難しい噺だからっておめぇ、しくじるんじゃねぇぞ。弟子がヘマやったら、師匠まで笑われるんだからなぁ」
「弟子がしくじらなくても師匠は、その顔がしくじってますから」
「それが師匠に向かって言う台詞か、コノヤロー! 納豆汁でツラぁ洗って出直してこいぃ!」
 師匠の剣幕に新八、とっとと逃げ出しながら、
「じゃあ根多卸しの会、行ってまいりやぁ~す!」

   二

「この莫迦野郎がッ!」
 椿つばき寿美乃すみのすけの怒鳴り声が、楽屋に響いたのでは八つ刻過ぎ。
 怒声と同時にお茶をぶっかけられたのは椿家楽平らくへい。新入りの前座である。
「茶は苦めにれろって、何度言ったらわかるんでい!」
「す…すいませんっ」
「だいたい新八! 立前座のおまえが、ぼんやりしてるから、下の者がだらしねぇんだ。楽屋の差配や新入りの面倒見るのが、年長の立前座の役目だろうがよ」
「あいすいません」
 いつものことなのか、新八は頭をペコペコと下げ、平謝りである。
 だが、謝ればかさに懸かってごとを言う芸人もいる。椿家寿美乃助はそういう人品骨柄のようである。

「まぁまぁ寿美乃助、そんなに大きな声を出さなくても……」
 同じ話をくどくどと繰り返す寿美乃助を、取りなしたのは実兄の伊保太郎。新八を根多卸しの会に誘ってくれた師匠である。
 四十代には少し足りぬ、丸顔の男である。深川鼠色の着物に梔子くちなし色の帯を合わせ様子なりは、何処か品が良いのだ。
「兄貴は黙っててくれよ。おれぁ前座の心得を、このウスノロに仕込んでんだからよ。椿家の前座は茶もまともに淹れられねぇのかと、笑われたら一門の名折れだ。──オラ、とっとと入れ直してきやがれッ!」
 兄の忠告を、聞く気がまったくない寿美乃助に、困り顔の伊保太郎だった。
 気の弱いので、兄でありながら寿美乃助に強く出られないようである。
 小太りで丸っこいうえに、団栗どんぐりまなこの伊保太郎に比べて、長身痩躯の寿美乃助は二枚目だが、青筋を立てて怒鳴る顔にも、けんな人柄が滲むのだ。

 険悪な雰囲気に伊保太郎、「ちょいと雪隠はばかり」とバツが悪そうに楽屋から出ていくと、入れ替りに楽屋に入ってきたのは二人の師匠、椿家鳳碧ほうへきであった。
「どうしたんだい寿美乃助、怒鳴り声がしたようけど?」
 伊保太郎と寿美乃助の亡父・三代目椿家太好乃助が五十手前で急逝してから、椿家一門の弟弟子として伊保太郎らを引き取って育てた、斯界の重鎮である。
 古希を過ぎたが、背筋が伸びかくしゃくとした姿は、衰えを感じさせない。
 スーッと滑るような歩き自体が、踊りの名手のような華がある。
 師匠の登場に、途端に顔つきも態度も柔らかくなる寿美乃助であった。
「いえ鳳碧師匠、兄貴が前座を叱ってましてね。場が重くなるからって、あたしゃ止めたんですがねぇ」
 寿美乃助の変わり身の早さに、呆れ顔の新八であったが。
 つまり、そういう男なのだ。
 鳳碧師匠に告げ口するわけにも行かず、口をモゴモゴさせる新八を目ざとく見つけ、
「おや新八や、次の高座はおまえさんだろ? 出囃子も鳴ってる。ほらほら、お客さんをあんまり待たしちゃいけないよ。がんばってきな」
 戸惑っているところを、寿美乃助に機先を制せられてしまった新八は、もう高座に向かうしかない。
 ペコリと頭を下げつつ、舞台に向かう。
「へぇ、あいすいません……お先に勉強させていただきやす」

以下、アルファポリスの上記リンク先にて。

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