「そうか、私は11年間も無駄にしたのか」と感じたこと

絵の仕事がしたかったのに、医療職へ進んだ私

幼少期から絵を描く事大好き、夢は漫画家
高校卒業後、マイナーな医療職へ進学→個人病院へ就職。
4年目に退職、プチブラックな製造業へ2度転職
現在奇跡的に出会ったホワイトデザイン業の面接を受け、案の定不採用。
医療系4大卒、現在29歳。4年間に2度転職。

今回面接を受けてみて「そうか、私は11年間も無駄にしたのか」と感じたので、失敗例として誰かの人生に役立てばいいなと思い書いてみました。
今までは大学時代〜病院就職までの後悔だったんです。
今回ちょっと伸びました。


【教訓】

・やりたいと思ったことは即取り組むべき。もしくはそれに向けて何をすべきか考え、出来ることから即始めた方がいい。
・自分の気持ちに正面から向き合った方がいい。偽ると何倍にも膨れてのしかかってくる。
・日本は経歴、学歴社会。資格有利。けれども畑違いの学歴、資格はただの枷。
・人生は有限。ブラック企業で頑張るのはもったいない。
・転職は早めに。頭がしっかりしているうちに。
・精神的に落ち着いてから求人を見た方がいい。心にゆとりがないと失敗する確立が上がる。
・精神的に持ち直しても身体への借金は残る(20代で心房細動経験)


後悔のスタート

はじめになぜ医療職に進んだかというと、資格があったことで再就職もしやすかったという助言と、母へ夢を打ち明けた際の微妙な表情と“ちょっと心配“という言葉です。
今と違いオタクは隠さなければという風潮があったので、漫画家の夢は誰にも話していませんでした。そのせいもあって、自分の中ではかなり勇気を振り絞って伝えた夢だったので肯定の言葉だけが欲しかったんだと思います。
今振り返れば自信を持ってそのまま突き進めばよかったものを、自我が確立されてなかった私は「医療職に進むけど絶対漫画家になって仕事やめてやる!」という考えで進路を決めてしまいました。
滅多に見せないものの、絵を描きまくっていたんだから絵関連の学校へ進学させてもらえただろうに…。後悔のスタートです。

そんな考えで進学してしまったものですから、年々生活が狂い始めます。試験前絵なんか描いてちゃダメだ、勉強しなきゃって思うと勉強もできなくて見事に再試験行きでした。多い時で5コ…なんだかんだ現役で国試合格出来たことが救いです。
大学時代すでに「私は絵を描きたいのに何をやってるんだろう」という気持ちが湧いていました。親に大金出してもらって、何やってんだテメェ。

卒業してしまえば自由になるのでは?というこれまた安易な考えで突き進み、総合病院に務めたかったけど妥協して個人病院に就職しました。3日目で泣きました。この辺りはまた別記事で書きます。精神的に潰れ、酷い生活を送っていました。退職日まで無理矢理でも何とか生きたい人や、周りにヤバそうな人がいる場合には参考になるかも。割愛。

この頃はもう月日を追うごとに全然絵を描かなくなっていました。一時期描けたものはお化けみたいな落書きと、表情がない憎悪にまみれた女の子。あんなに楽しかったのに楽しくないんですよね。パタッと止まるきっかけはまた別にあるのですが、その後4年くらい落書きもしなくなります。


転職と自我の確立

退職後は病院に勤めたくなくて、ただ絵関係には就職は出来ないと思って製造業に進みました。はじめての転職だったので、何も考えずパッと求人に飛びつきました。結果は散々。税金でも悲鳴をあげました。ただ、ここの経営者は自我が目覚めるきっかけの一つにはなりました。
親の仕事を継いだ若い女性経営者でした。職場外の人から見るとしっかり者のいい人だけど、蓋を開ければ怒鳴る、知的障害者へ暴言を吐く、人を馬鹿にするのオンパレードで「こんな人が自分は素晴らしいと思ってのうのうと生きているのか」と衝撃でした。案外みんな人のことなんて考えずに生きているんだな思ったんです。知的障害者へバカの連呼をした時は子供かよと思いました。「元がバカだからバカなんだな!」と言い放った事は一生忘れない。
医療職時代は人間関係に潰れ、自分の能力の低さしか目に入らず、自分のことばかり責めていました。ここでちょっと心が強くなります。どうにか1年半で退職。その間年齢性別様々な人が6人程退職しています。

次も製造業②へ進みます。学歴等条件なしでphotoshopやIllustrator使う作業とあったので飛びついてしまいました。結果は一度もphotoshop等いじらず、機械操作や別部署の手伝い。職業用ミシンが学べたのは棚からぼた餅でしたが、縫製の新卒が入ると準備やサポート、出荷ばかりで居場所も安定しないし、何より楽しそうにやりたいことをやっている様子をみてこのまま人生終わりたくないと思いはじめます。


この頃ちょうどインターネットを活用した多様な働き方が視界に入りはじめました。学校に通ったりする時間的余裕も金銭的余裕もないから、思い切って無職になって自分と向き合おうと決意します。すると無駄遣いも減って睡眠もしっかり取れるようになっていい事ばかりでした。(筋トレも始めた)
ボーナス片手分もないのに、有給取るとボーナスに響くよなんて言われるし、結局欠勤扱いだし、給料明細も疑問、その他モロモロ…。冷静さが出てくると職場のブラック部分が視界に入るようになります。

身体の借金

一番眠れなくてひどい生活をしていたのは医療職時代ですが、製造業時代に2度胸部〜背中・首・歯の圧迫するような激痛を経験します。ただ苦しくはなく我慢できたせいもあって耐えて仕事を続けてしまいました。元医療職で早期治療の大切さを学んだのに、思考がちゃんと巡りませんでした。1回目のみ仕事終わりで病院へ、脈拍は高いけど心電図は正常で帰宅。1年後2回目はどうせ同じだろうと考えてしまって病院へ行かず。
精神的に落ち着いてきて死への恐怖を感じ、3回目は病院に行こうと思っていた際に起きたのが甲状腺が原因の心房細動でした。こちらも急に発症し、痛くも苦しくもなく、ただ身体の中を何かがドロドロのようなグシャグシャのような感じで巡っている感覚でした。心拍数は168。違和感を感じたら即病院へ行ってください。


いざ、無職へ

なんだかんだで製造業②を退職。いざ無職になり、失業保険を申請し、仕事を探しつつ再度絵を描きはじめます。ここまでまともに絵が描けなかったので引くほど下手くそでした。

もう一つ困ったことが、良いものを良いと感じる感性が枯渇していたことですこの枯渇がとにかく辛かった。

現在失業保険もあるおかげで冷静に求人票を見ることが出来ています。やはり絵関係や製造業を中心に探すのですが、殆どが経験者や首都圏、デザイン・美大卒などが条件で、良いところほど私には受ける資格が無いのです。
(ちなみに病院退職時に祖父母との同居をはじめたので、在宅や近隣中心で仕事を探しています。)
今回受ける事が出来た会社は奇跡的にホワイトだったのですが、ハローワークの窓口も含め毎回経歴を見て言われるのが「資格があるのに勿体ない」です。私としてはもう医療職に戻りたくないんですけど。


あの時絵の方に進んでいれば…という気持ちが強かったせいで大学〜病院勤めまでを後悔していたのですが、後悔のスタートから今日まで全てが採用の視点から見ると躊躇すべき経歴なんですよね。私自身としては自分に向き合って色々見えるようになった今が一番マシなのですが、早くから自我が確立している人は遥か遠くにいる。履歴書は不利の塊だからポートフォリオを作りできる限りアピールはしましたが、ものすごく困っているのがわかりました。
今もがいても学歴や資格はそのままだし、描けなかった時期と感性の枯渇による打撃はとにかくでかい。今更悔いても過去はどうにもならないけれども。


終わりに

今、周りから夢を否定されている人、私のように隠している人はできる限り夢に近い分野へ進むことをお勧めします。

今、仕事に苦しんでいる人は即刻転職をお勧めします。頭がしっかりしたうちに。人生において一番若い、今のうちに。

私の目的は来世に賭けず、「何だかんだ、いい人生だったな」と思いながら最後を迎えることです。


いい人生を送って下さい。





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千乃安倭(ちの あい)

多趣味の絵描き。群馬県在住。医療職→製造業へ2度転職、現在求職中。
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