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【二分で読める短編】呼びたいのなら姫って呼べば

 十六歳の誕生日を迎えた日、シルバーの原付バイクを買った。お小遣いをためていた通帳は空になった。でもいい気分だ。原付バイクと、黒いハイヒール。あたしにとって特別なものはこの二つだけ。だから一文無しでもいい。や、たまに炭酸水を買えるくらいのお小遣いくらいは欲しいけど、その数百円だけでかまわない。

「原付なんて必要あるの? どうせスピード出せないのに」
 高校の先生や、同級生とその親たちは口々にそんなことを言う。サッカー部の男子は自転車をかっとばしながら、追い越しざまに「でけーヘルメットかわいいな? 小学生みたい」とか囃し立てる。母でさえ冷めた目であたしを見て、
「こんな狭い島で、そんなのに乗ってどうすんの?」。
 わからないかな? わからないよな。だから話してやらない。素足のまま黒いハイヒールにつま先を通し、原付に跨ってハンドルを握る。ハイヒールの黒いエナメル部分はいつもつやつやしていて、小石から跳ね返る日差しとか、雑草についた水滴のきらめきとかを受けて光る。そのくせ、中敷の部分は真っ赤だから、脱いだ時にはいつだってどきっとする。黒と赤のコントラストにやられた。
 あたしが原付にまたがってても、誰も「どこいくんだよ」って聞いてこない。
 この島は平坦な一本道ばかりで、三十分もあれば島中に張り巡らされたすべての道路を走り終えてしまう。こんな小さな島だから、みんな移動には自転車を使う。車に乗るのは重いものを運ぶ時だけだ。走るためには使わない。
 十分な舗装もされていない泥と踏み潰された雑草とでできた小道はがたついていて、スピードを出すと転倒しそうになる。のろのろとしか走れない。イラついていると「急ぐ必要なんでないでしょ?」って顔したクラスメイトたちが四人、横並びで歩いていて道を塞いでいるから余計に腹が立った。確かに急ぐ必要はないんだ。どんなにゆっくり歩いていたって、そう遠くないうちに目的地についてしまうから。

 かっこいい靴を履いて、それで速く走れたら、めちゃくちゃに自由って感じなんだろうな。
 この原付と一緒に、いつか島を抜け出してやる。
 あたしの愛する原付のナンバーは004だ。004、おーじ、王子。ナンバー004の王子を乗り回すあたしを、島の人たちは姫と呼ぶ。この愛称には侮蔑の意味がこめられてるよね。でも許すよ。姫って呼びたいなら呼べばいい。この島で一番速いのも、強いのも、あたしだ。大人になったら王妃になるから。そうやって君臨する素質があたしにはあると信じてる。だから別に寂しくない。

 あたしはまだ本物の信号機が機能してるを見たことがない。道端に立ってる信号機はあたしが生まれるずっと前から電源が消えていて鳥の止まり木になっている。交通ルールは適当で、車は走らない。押し車の方がメジャーだ。
 だから何もないところでクラクションを鳴らしてみたり、逆走したり、道を遮るように違法駐車したりしてみても、怒られない。ああ姫だよ、とからかわれるだけで、ほんと、かっこつきやしない。誰か、あたしのかっこいい相棒のこと、もっとちゃんと見てくれよ。
 はあーあ、なんか、悪いことがしたい。今日もまた島の沿岸部を一周する。それからもう一周。二周三周、行き場がないからハンドルを握る。あたしはここがどこだか知っている。もう知りすぎている。蛇行運転するだけじゃ、まだ見ぬ魔法の小道に迷い込んだりできなくて鬱。道、開いてくれ。どっか行きたい。どっか、広くて遠くて明るかったり暗かったりするようなところがいいな。

 原付をぴかぴかに磨いた日の放課後、同級生に話しかけて見た。彼女はあたしより国語ができる。ただし数学は、負けない。
 ねえ、と話しかけると、彼女は目をぱちくりさせた。
ーーねえ、一緒に悪いことしようよ。すげー悪くて、かっこいいこと。
 妙な間があった。尖らせている唇は紫がかって不健康そうだ。
ーー悪くてかっこいい? それってかっこ悪くない?
 これから夕焼け見に行くんだよね、と付け加え、彼女は何人かの女子と連れ立って浜に向かった。
 夕焼けなんて別に見ないじゃん、そういう口実でただしゃべってるだけじゃん。会話って、飽きない? 好きな人や嫌いな人の話なら、休み時間の間に散々語り尽くしてる。口を動かすと頭とか喉とかあちこちが疲れる。だるい。学校行くのますます、ますますめんどくなってしまう。だからもうしゃべるのやめよ。無言で走ろ。奥歯でキシリトールガムぎりぎり噛んで。
 いつか、原付の後ろに誰か、のっけてみたい。
 そう思う日もあるんだけど、この島じゃ、相棒は見つかりそうにない。多分今年も来年も、そうだろう。

「今夜は、はやく帰って来なさい」
 いつも通り原付で学校に通おうとした時、父がそう言った。
 あたしがテストで満点を取ろうと、逆にわざと低い点数をとって先生をおちょくろうと、父は、いつも無言だった。こうやって高圧的に命令されるのは久しぶりだ。
「なんで?」
「船がくるからだよ」
「それが何?」
「いいから」
「いいから? 何?」
「帰って来なさい。いいね」
 父は面倒くさがりなので、説明しないと決めている時は、どんなに問い詰めても教えてくれない。

 その日は、父との約束通り早く家に帰った。
 八時に夕飯を食べ、宿題を片付け、十時に風呂に入り、十一時にはパジャマに着替えた。そして十一時半にはおやすみをいって、十二時にベッドに潜った。
 それから、十二時半に黒いパーカーと真っ赤なロングスカートに着替えて、玄関から持ち出したお気に入りの黒いハイヒールを手に、部屋の窓から外に出た。
 父はベッドに入ると五分とかからず寝落ちするタイプのロングスリーパーで、一度眠りにつくと朝の目覚ましが鳴るまで絶対に目覚めない。
 念のため家から離れた林まで原付を押し、木陰に隠れてエンジンを入れる。ヘルメットをやや目深に被り、ヘッドライトをつけて港へ向かった。

 夜の港には小さな白い灯が三つ灯されていた。父が言っていた通り、船が停泊している。途方もなく大きな船だ。学校の校舎と同じくらい大きいんじゃないかと思う。ライトを消し、エンジンも切った。暗闇に乗じて側へよる。
 何人かの大人が、港の沿岸に集まっている。みんな身振り手振りが大きい。隠れる場所がないから、声が届くところまでは近づけない。けれど、金色のコンテナが鍵をかけずとも自動で閉まったから、取引相手は異国のものなのだろうと思った。ああいう魔法みたいなことができるひとは、この島にはいない。 
 あの船に乗れば、もっと広い場所にいける。おもいっきり走れる。島から出るタイミングは、きっと今しかない。

 あたしは開けっ放しのコンテナに隠れた。
 コンテナの奥の方へ潜み、ダンボールの影に隠れる。こうしていれば外からは見えないはずだ。ドラマで見た知識が役に立った。退屈だなと思っていることでも、覚えておくものだ。
 しばらくするとコンテナが揺れた。船に積み込まれたみたいだ。すぐそばで誰かが話している気配がする。言葉ははっきり聞き取れない。だから彼らが話しているのがあたしたちと同じ言語なのかわからない。見つからないに越したことないけど、この船のひとらもあたしと同じ文化で育ってるといい。不法侵入者は問答無用で斬り殺す文化圏のひとたちだったらどうしよう。なるべく物騒じゃないのがいいな。

 夜の出航だからか、船は汽笛を鳴らさなかった。
 モーター音のような物音で、船が動き出したことを悟る。しばらく真っ暗なコンテナの中で寝そべってみたり、あぐらをかいたりしていた。
 船に乗り込んでからどのくらい時間がたったのかも、あと何時間我慢すればいいのかもわからない。そう思うと、足がそわそわしてじっとしていられなかった。初めて乗った船の揺れにやられて、気分が悪くなってしまった。お手洗いにも行きたい。

 コンテナの鍵は、内側に記された星の印をなぞると簡単に開いた。原付をコンテナの中に隠したまま、そっと扉を押しあける。
 あたりには大きさがてんでばらばらの金や銀の箱が積まれていた。四角形のものもあれば、六角形のものや、八角形のものもある。箱の外にはラベルもついていないから、中に何がはいっているかはわかならい。
 ハイヒールは音が鳴るから、靴を脱いだ。少し頭を低くして歩く。泥棒気分だ。盗みたいものは一つもないけど。甲板に出て新鮮な空気を浴びたい。コンテナ室にはアルミの梯子と木の梯子がついていた。あたしは木の梯子の方を選んだ。そっちのほうが、裸足で踏んでも冷たくなさそうでいいと思った。
 木の梯子を登ると、寒い部屋にでた。壁には一つだけカンテラがぶら下げられていて、橙色の灯でかろうじて2mくらい先が見える。そこまで広くなさそうな部屋だ。
 間違えたかな、と引き返そうとした時、ごおおおおっとお腹が鳴った。いつもより夜更かししているせいだ。はっと両手でお腹を抑えたけれど、どうせここには誰もいない。隠す必要だってない。
 と、油断しかけた時だった。

「いちじく、食べる?」
 女の子の声がした。暗がりの中から、真っ白な手が突き出ている。壁だとばかり思っていたものは、木でできた格子状の檻だった。近づくと、細面の顔がうすぼんやりと浮かび上がる。うさぎみたいに潤んだ幼い目をしているのに、口元はきりっと引き締まっていて、凛々しい。手首はほとんど骨で、縛られた跡が茶色く残っていた。捕虜だろうか。凶悪犯やバケモノである可能性もある。あたしより年上に見えるけど、肉付きが悪いからそう見えるだけで、実際はそう離れていないのかもしれない。
 どうしてここに? 檻に触れてそう尋ねると、彼女は首を横に振った。首にも、似たような痣が残っている。
「……知らない方がいいよ」
 そう言われると、気になるんだけど。
「あなたどうしてこの船に?」
 あたしの回答を待たずに、彼女は素早く助言をくれた。
「おりられるなら、おりなよ」
「いや、でも」
「どこかに救助用ボートがあると思うから、それ見つけて、飛び降りて」
「ねーえ、お姉さん」
 あたしとそう年は変わらないかもしれないけど、お姉さん、と呼んでみる。
「お姉さん、逃げたい?」
「……」
「逃げたいならそう言って」
「他人に期待してない」
「そっか」
 素直に求められないことにむしゃくしゃしたけど、涼やかな眉がいいなと思った。
「じゃあ、お姉さんが今一番やりたいことは?」
 この質問もスルーされるかと思ったけれど、彼女はこう即答した。
「走りたい」
 ぐっときた。もし彼女が凶悪犯だったりバケモノだったり鬼だったりしてもいいやって思った。だからカンテラのそばにかけられていた鍵束をとると、順番に檻の鍵穴へ突っ込んでいった。四番目に使った鍵が当たりだった。
 檻から出た女の子は、あたしよりずっと背が小さかった。手足は痩せこけ、唇も砂漠みたいに砂っぽかったけれど、背筋はすんと伸びていて、両足の裏でしっかり地面を掴んでいた。
「あっち」
 女の子は迷いなく、木の梯子を登っていく。あたしはその後に続いた。

 船から脱出するための救助用ボートを探していたら、甲板に出た。話し声がしたから、二人で頭を低くして影に隠れ、様子を伺う。
 あたしたちよりはるかに背の高い男が二人、船のヘリのそばにいる。彼らのそばには、原付が置かれていた。ナンバーは004。あたしの王子だ。コンテナルームに放置してきたのがいけなかった。鍵をかけたから大丈夫だと油断していた。
 あれ、あたしの。
 唇だけでそう伝えると、彼女は首をかしげた。ポケットに手を突っ込む。原付の鍵にはガラスでできたイルカのキーホルダーがついている。ガラスのイルカはひんやりしていて、強く掴んでいないと、手のひらから逃げてしまいそうだった。あたしはその鍵を彼女の目の前で揺らして見せながら、もう一度呟く。
 あたしの。
 すると彼女は目を輝かせた。ちゃんと通じたみたいだ。
「おー! かっこいいー!」
 大きな声出して平気なの? 心配になり甲板にいた男二人に目を向ける。彼らは首をかしげながら、辺りを見回している。まだ見つかっていない、と首を引っ込めようとしたその瞬間、運悪く、目が合ってしまった。男がこっちへ歩いてくる。
 どうすんの。そう尋ねる間もなかった。彼女が前へ飛び出した。船のヘリに止めてある原付めがけて走っている。突然だった。慌てて後を追う。船の中を原付で走り回るつもりか。捕まらないならなんでもいい。檻にいれられるのだけはいやだ。
 原付に跨ると、鍵を突き刺しエンジンをかけた。発進させようとした、その時、
「わたし、こっちがいい」
 彼女が運転席に滑り込む。あたしは彼女の手の甲の上からハンドルを握った。ぎゅん、とタイヤが唸り、急加速する。船のヘリに衝突して、車体が宙を舞った。一回転。そのまま海に真っ逆さまだ。
 おおおおお、と悲鳴をあげながら、彼女の背にしがみつく。エンジン音が不規則な調子で唸りをあげる。地面のないところでもタイヤは回り続けた。真っ黒な海が近づいている。水面が近づくにつれ風の抵抗を強く感じる。海水の中に飲まれてしまう。強く目を閉じた。けれど、その時はいつまでたっても訪れない。原付の座席から軽い衝撃を感じて、おそるおそる瞼を開く。
「船より揺れるかも」
 彼女は飄々とハンドルを握っていた。時速60キロはでていると思う。今まで感じたことのない速度だ。今、海の上を走ってる。波はなく、穏やかな夜だった。それでも、時折潮の流れにタイヤを取られそうになり、わずかに車体が傾ぐ。そういう時こそスピードをあげて体勢を整えた。
「ヘッドライト、つける?」
 月と星の光だけでは、海の中がよく見えない。明るい方が走りやすいだろう。ふざけているトビウオや、息抜きをしにきたウミガメを轢いたりしないですむはずだ。
「ライトつけたら、見つかっちゃうよ」
「そしたらスピードあげて逃げればいい。あたしら走れるんだから」
「そうだった。でも平気。運転席からはね、結構よく見えるよ。海面のすぐ下がね」
 エンジンの音は波の音よりずっとでかい。夜遊びしていたイルカや夜行性の魚たちは素直に道をあけてくれた。だからあたしたちはまっすぐ突き進んだ。振り返ると、船はもうはるか向こうだ。思っていたより大きな船じゃなかったな。大したことなかった。
 彼女の腰に回していた手を離す。誰かにハンドルを任せて、後部座席に乗るのにも慣れてきた。二人乗りは初めてだ。うん、なかなか良い。
 一つしかないヘルメットは彼女に貸した。あたしはノーヘルで、潮風を額に浴びる。ハンドルを握る彼女の髪が、時折風になびいて頬をはたく。くすぐったい。
「ねー、くしゃみでそう」
「いいよ」
 くしゅん、としたタイミングで後輪が軽く沈み、足先に波がかかった。これからどこに行こう。行くあてはもともとなかった。前にも後ろにも岸は見えない。海面に立ち上がる三角形の小さな波が、その先端を黄色や緑や紫や赤に光らせている。月の明かりは銀色で、海は黒、島の外に広がる夜の世界にはその二色しかないんだとばかり思ってた。あたしはまだまだ無知だった。
「星座、わかる?」
 そう尋ねられて夜空を見上げた。星座なんて一つも知らない。数学以外は苦手だから。
「あたしたちで好きな星座作ろ。あれ脱獄座」
「どれ」
「最強最速座とか、王子座も欲しいな。あんたも好きなの作っていいよ。何がいい?」
「星座がわかれば、方角がわかったかもしれないのに」
「イルカが跳ねてるよ」
「じゃあそっち行こっか」
 イルカが消えた海に向かってハンドルを切る。原付は素直に曲がり、軽い飛沫をあげながら走った。
「これ、いいバイクだね。欲しい」
「この原付はうちの王子様だからね」
 磨いたばかりだからだろうか。海の上を走るこいつの体が、いつもより艶めいて見える。メーターはとっくに振り切っていた。それなのにまだ加速する。二人で走った跡には、白い泡がタイヤ痕となってのこる。明日の朝には何もかも消えているだろう。あたしたちを追ってくるものはなにもない。
 もっと走ろ、とせがむ。スピードメーターが揺れ、車体が斜めに飛び跳ねた。どうせ飛ぶなら、トビウオみたいに上手に飛べよ、と怒鳴ると、「ばーか」って言われた。ばか? 意味わかんない。いやな気はしなかったから、はーん、って鼻で嘲笑った。飛沫でつま先が濡れ、あたしは大事なことを思い出した。
「……あ」
「何?」
「ハイヒール忘れた。船の中に。めちゃくちゃお気に入りのやつ。超高かったやつ。あたしが持ってる中で一番高価なやつ」
「陸地を見つけたら、あなたにぴったりの靴を探してあげるよ」
 王子様みたいなこと言うな。彼女の肩を軽く掴んだ。小柄なのに、意外と肩幅が広い。まだ走ってよ。とりあえず腹が空くまで、ずっとずっと。


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いつかまた本が出せたらいいな、と思いながら仕事の合間に書いています。応援していただけると励みになります。

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ちおる

『泡をたたき割る人魚は』とか『遅刻魔クロニクル』とか書いた

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