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幾日 時折 (1)


運良く座れた祝日 昼の中央線 東京行き。

目深に被った帽子のツバでよく見えなかったけれど
新宿駅から乗り込んだ男女が私の前に立っている。
先輩後輩なのか、敬語混じりで楽しそうに喋っている。


まもなくお茶の水、とアナウンスが聞こえると
よく日焼けした脚の女性から話始める。



「高2の時、お茶の水の予備校に行ってて。クラスが ABCDE って分かれてて、一番頭のいいクラスが E で私は下から二番目の B、でも秋のテストで A に落ちちゃって、懐かしいなぁ」

「そのクラスに別の高校だったけど仲良くなった子がいて、エコナって言うんです。環境の環に奈良の奈で、エコナ」



へぇ、自然にやさしいねと隣の男性。


逆さまの ABC、 珍名エコナ、 適当な返答といい、
知らない男女の会話を聞きながら、次に乗り換える電車の時刻を調べている。

東京駅に到着したら6分後に電車が出発する、少しぎりぎりかもしれない。
降りてからのルートを入念にイメージする。



気付けば男女の会話は途切れ、並んでスマホに目を落としている。

もうすぐ終点の東京駅に到着する。
そわそわと他の乗客たちがスーツケースを足元に寄せたりして、降り口に近づいていく。
想定通りエスカレーターに近い位置で電車が停車。


スーツケースのキャスターが一斉に音を立て行進し、わたしはぬらぬらと人群の端に付いてドーム状のエスカレーターに乗る。
白い電灯と湾曲した壁に反射した光の輪の中を潜っていく、空間も相まって近未来的で思わず見上げてしまう。



“あぁ良かった、東京駅まで来れた、” と私はここで一度安堵する。



千葉、総武線の文字だけを辿っていく。

駅弁売り場を抜けて、某鉄道ペンギンストアも過ぎた。
スーツケースを猛スピードで転がし、子供を抱きかかえ新幹線乗り場へダッシュする家族連れ。人と人との交差に目が回り、さすがお盆初日!とここは明るく開き直るしかない。空気の薄い地下の総武線のホームまで足早に降りていく。

少し息が上がりながら乗り込んだ車両は、既に席が埋まっていて乗車率85%くらい。
座れることは諦めた。



それにしても、何とも言えない密集度。
人の数以上に、スーツケースや大きなリュックも占めている気がしてならない。
(後から聞いた話、この日は曽我で野外フェスが開催されていた)

隙間がありそうで奥に入っていけず、諦め、1泊分の荷物を詰めた鞄を前に抱いて、隣の人に気を遣うような距離感で前を向く。




快速だし、ここから千葉駅まで40分くらい。
どう乗り切る。



馬喰町、錦糸町と人の満ち引きがあり、車内の乗車率78%くらいになる。

荒川にかかる鉄橋に差し掛かると、錆びた骨組みの中から見える河原の景色を必ず眺めるようにしている。
落ち着かない気持ちがどうしてもここまで持続してしまうため、わたしの中では一呼吸スポットとしている。
足元から伝わる振動が心地よく、息を整えつつ、ぼうとして、そのうち新小岩駅で目の前の席が空き、運よく座ることができた。



向かいには60代くらいの女性がいる。
女性の足元には、スーツケースやお土産の袋、複数の旅行かばんが雑に置かれ、小脇にもトートバックを掛けたまま、あきらかに一人分のスペース以上に幅を取り座っている。

持ち上がったスカートの裾から、濃肌色ストッキング張る丸い膝に挟んだ紙袋が既にシワシワで、紅色の “う” の文字と、色とりどりのマスの中で踊る【春華堂うなぎパイ】の文字が頼りない。

何歳になっても上手に食べられない、夜のお菓子うなぎパイ。

突然前傾になったと思いきや、床に置いたナイロン製の赤い旅行鞄の中を探っている。
乳白のクリアファイルを取り出し、さらに中から紙束を持ち上げた。
膝の上で落ちそうになりながら順番を並べ替え始め、それがすぐに楽譜だと分かった。



紙束を整えた表紙に “one day more” のタイトルが見えて、
学生時代に観た坊主頭のアン・ハサウェイのシーンを鮮烈に思い出す。
ぱったん!と音立て落ちた紙袋からするりと箱が滑り、またガサガサと無造作に膝の中へ納められ、粉砕した気の毒なうなぎパイを想像し、口の中がじゃりと甘くなる。




【8月11日〈山の日〉JR中央線 ➡ JR総武線】









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