短剣を己に振りかざし

短剣を己に振りかざし、何の躊躇いもなく腸をえぐる。

まだ腹だ。
心臓には突き刺さっていない。大丈夫だ。

そうおもい、
私は119番をする。

電話の先では昂った感情が渦を巻いている。

私はゆれる感情を理性でおさえ、
己の置かれた状況を胸で眺め、言葉を選んで発した。

「いま、知人が自分の腹を自分で突き刺したんです。」

「それで、それで!!!どうなんですか!?」
電話の先の彼女の声音はヒステリックで、
表面上は状況を聞いているけれども話の通じる相手ではない。

これではだめだ。
私はこれ以上話を進めることをきっぱりとやめ、
病院へ向かう。

病院では複数の看護師たちが
自分の目的も知らずに走り回っていた。

とにかく急がなければならぬ。
私はそうおもい、看護師を無理やり引き止め、
状況と緊急性を、早口ながらも明確に伝えた。

「それでは急がなくては!」
看護師は興奮してこたえた。

しかし、その興奮の仕様はどう見ても患者を扱えるような精神ではない。

そういっていてもはじまらない。
私はおもい、取り敢えず看護師を無理やり引っ張っていった。

「いそいで!いそいで!!
一分一秒が命取りなんですよ!」

私は厳しく言ったが、
もたつく看護師は私よりもはるかに冷静さがなかった。

私は腕を引きずり、
一秒と闘って現場へといそいだ。

着いたとき、
私はすべてを理解した。

赤ん坊がふたり、ころころと転がって、
血を流している。

その傍では肉の塊を胸に剥き出しにした母親が
うつぶせに倒れていた。

あのとき女はまだ意識があったのだ。
そして、気力を振り絞って、赤ん坊の胸をなんの躊躇いもなく刺した。

その後、己の急所を一気に抉り取ったのだ。

遅かった…
鼓動はすべての活動を終えていた。

帰りしな、私ははじめてすべての感情を解き放った。
「あなたが!あなたが急がないからこんなことになったんですよ!
あなたは看護師でしょう?
一分一秒が、生死かかわるものにとって、
どれだけ大事なのか、あなたは私よりもはるかに知っているはずです。

こうなってしまった以上、
あなたを責めてもしかたありません。
こうなるべきだったのかもしれません。
ナイフを予め奪っておかなかった私にも責任はあります。
あなたの精神状態が理性では動かしえぬこともわかっています。

しかし、この時間が大事なのですよ!
生死かかわるものにとっては、わずか一秒が己の生命の拙い糸なんです。」

伝わらぬことがわかっていながら、
私は毅然と云った。

やはり、看護師の眼は空中を浮遊していた。

ひとりになってはじめて私は絶望に陥った。
涙はながれなかった。
しかし、胸のなかは空虚であった。

烈しい興奮が感覚を打ち鳴らした。

ここでハッと眼が覚めた。
携帯をぷちんとあけると朝の五時であった。
夢か…
死が現実でないことに私は深い安堵をおぼえた。

そこから私の思索ははじまった。
しかし…
なぜ、あのような夢をみるのだろう。
ひとが死ぬのをみるのはだいぶ久しぶりだ。

私はなにかに追い詰められているのだろうか。
しかし、心のなかを探っても確信の得られるこたえは出てこない。

すこし前に、なにやら辛そうな記事を書いたが、
一日経ったらなおった。
それどころか、今思い返しても、なにが辛かったかさえおぼえていない。
(いや、まじで)
私はけっこう能天気な人間で、だいたいは一日経てば
そんな事はあっさりと忘れてしまっている。

というよりも、今は創作がけっこううまくいっている。
以前は文章そのものが安定していなかったが、
今では自分で読めるくらいの文章にはなり、
読んでいて興奮さえしてくる。

だからその興奮に包まれているとすっかり何もかも忘れてしまう。

しかし、なぜそんな夢を見るのか。
死ぬ夢は精神的に追い詰められていたり、生まれ変わりの意味合いがあるらしい。

しかし、追い詰められているといっても、
ホステスの頃に比べたら天国である。

いちばん辛かったのは年末あたりで、
ひんやりとした世界で誰とも心を通わせられず、
ほかにもいろんな状況が重なって動くことさえできぬ状態であった。

これならまだしも隅っこに掃き溜められたホコリの方がましだというもんだ。

真っ暗闇にひとり、手を延ばしたら、
そこには一寸の隙もなく壁があり、
ちょいと腰を浮かしたなら頭にたんこぶができた。

掌が痺れるほどの冷たさで、人間はいた。
この状況ほど孤独と呼ぶにふさわしい状況はなかった。

だから、この頃の私は追いかけられる夢や、
殺されそうになる夢をしょっちゅう見ていたのだが、
仕事を辞めてからはぷつんと見なくなった。

ははあ、
相当追い詰められて居たんだナ
とおもった。

それからの解放であるので、
そうそこらへんの事じゃあおおごとでもないわけである。

だから、今考えてみれば、
苦悩に耐えうる力を養えたということで頗るいい経験だったのかもしれない。

今あるいちばんの不満(というか悩み?)は、
創作の時間を割くことである。

仕事と生活と創作の両立を今までしてきたのだが、
やり遂げてはいても、疲労が肉体を支配していてはなんともしようがない。

だからといって、仕事をはやく切り上げるわけにもいかず、
しかも、これからもっと仕事の時間は増えてゆく。
始業時間も、八時十五分が八時になり、
来月あたりからは七時四十五分になる有様で、残業が当たり前になる。

だからといって私は創作の時間を削るわけもなく、
睡眠時間を削り削りになにかしら創作時間に充てているわけだ。

創作時間というのは疲労の感覚は甚だ鈍るわけで、
これなら仕事なんてへっちゃらさ!
とおもうのだが、仕事中に溜まった疲労が噴き出してくる。
最近の私は間違いばかり起こしている。

まぁしかし、こんな事をいっていても始まらぬ。
だから、私は与えられた時間を上手く活用してゆくだけなのである。

だから、たいした悩みはない。
恋人とはまぁ前からいろいろあるが、
考えてもどうしようもないものは、
元祖考えない体質である。


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