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【再掲】『あたし おかあさんだから』は自分とは別の話と考えた方がいい

※3月10日に投稿した記事の再掲です。

今更だが、『あたしおかあさんだから』という歌が炎上した話について、思ったことを書こうと思う。

『あたし おかあさんだから』の内容についてはすでに知っている人も多いので、簡単に説明すると……

「若いころはバリバリ仕事をして、好きなことを自由にやって、おしゃれもしていたけど、お母さんになったから全部我慢して子どもに合わせている。でもそれはそれで幸せ」

という内容だったと記憶しているが、その認識で間違いないだろうか?

私がこの歌詞を初めて知ったのは騒動が起こった後だが、「子育て中で過敏になりやすい時期のお母さんにわざわざこんな炎上ネタを提供しなくても…」と思った。

ところで、この騒動でふと思い出したことがある。

まだ私が子育て真っ最中の頃にNHKの「みんなのうた」で流れ、「あたし おかあさんだから」と同じような理由で物議をかもした歌を思い出したのだ。

それがこの『きっとしあわせ」だ。』

この歌が発表された当時は、「男は仕事、女は家庭」という考えが、まだ当たり前とされていた社会だった。

しかし同時に、男女雇用機会均等法で女性の社会進出が進み、働きながら子供を育てる母親も増えてきていた。

また、家庭に収まっていた主婦も就労意欲が強くなり、子供が小学生になると様々な理由でパートに出た人が多くなったのもこの時期だ。

そんな折に出たこの歌は、偶然『あたし お母さんだから』の歌詞と内容がかぶっているものだった。

それに対する母親たちの反応はといえば、外に目を向け始めた母親は激しく反発したが、同年代の母親でも特に意に介さない人もいて、反応は二分していた記憶がある。

私も当時は子育てでてんてこまいだったから、「現役の母親があまり直視したくない『現実』をわざわざ歌で再現しなくても…」とは思った。

しかし、歌は所詮歌にすぎない。それに私は歌に出てくる母親ではない。だから、私は私で自分なりに子育てをすればいいと思った。

そんなわけで、時を経てまた出てきた「自称・母親への応援歌」である『あたし おかあさんだから』についても同様に思っている。

そもそも、今は情報過多な時代であるせいか、自意識過剰がすぎるのではないか? 色々なことを自分に置き換えて考えてしまう風潮はどうかと思う。

私から言わせれば、『あたし おかあさんだから』は作者が作ったポエムにすぎない。その歌詞を聴いた現役のお母さんの気持ちにまで思いが及ばず、ある意味無神経な歌詞になったのは彼の失敗かもしれないが、それだけのことだ。

子育てが終わったからこそわかることだが、ホント、子育てに正解などない。いや、とりあえず無事に生きているだけでもうけものと考えた方がいいかもしれない。

戯れに虐待を行う、放置して生きられない状態になる……などの非人道的な行為は論外だが、そうでなければ「今はこれで精一杯」と割り切り、あまり周囲の子育てと比べて自分や子供を追い込まないほうがいいと思うのだ。

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