『バブルバスキャンディレイン』7.20
あなどってはいけない。かのじょはもう、バブルバスキャンディなのだ。コットンのくつしたをぬぎ、トビラの先へ向かう準備ができた。ママは下がってて! かのじょがさけんだ。
指が、ドアノブにのびる。からみつかれた銀のステッキがおろされる。ひらかれた先では、おそろしい大型のかいぶつが、口に布類をつめこんでゴウンとうなっていた。ジャブジャブ、ゴウンゴウン。
だいじょうぶよ。こわくなんか、ないんだから!
かのじょは進み、ゴム枠のついた半透明のドアを折りたたんで開けた。冷えたタイルに、その肉球を触れさせる。
ニャギャァァァア!
オタケビを聞きつけ、ママがあわあわと行ったり来たりした。だいじょうぶかしら、だいじょうぶかしら、とくり返す。
ギニャニャニャニャ!
カシャカシャとタイルに爪をこすりつけながら、肉球がタイルを踏みまくり、とびはねる。
ただいまー。
隣から玄関のひらく音がきこえた。かのじょは声を上げる。
にいちゃん、しめて!
ァウァウ、ナォーン!
肉球がタイルから防水床へダイブする。シャカシャカと旋回し、銀のステッキに飛びついて、全体重をかけ、ドスンと下げる。
にいちゃんがなにか言ったが、その声は、豪雨にかき消された。外はひどい雨だったのだ。肉球は絶望し、ゆっくり、ふり返る。身体はもうビショビショだが、そんなことよりかのじょの、あの必殺技がこわい!
ニャッ!
外へ出ると、酸性の雨でヒリヒリし、目の前が真っ暗になった。にげなければ、おそろしいあのバブルバスキャンディから。かのじょは、かのじょは。
みぃつけた……。
かのじょは、全身びしょ濡れで、にんまりと笑った……。
そこまで書き終えて、千夏は筆を置いた。またどうぶつの気持ちになってしまった。ちいさな女の子だった頃を思い返すと、どうしてかその内、猫や犬の気持ちを想像してしまう。
はやく話の続きを描かなくてはいけないのに。
千夏は三毛猫のブルーミンを、ぼんやりと撫でながら考える。
そうだ。気分てんかんしよう。
思い立つとすぐに、千夏は雨の公園に向かった。
昨日の夜から子猫の声がする。西の低木の下を探したり、遊具のドカンを覗いたりしてみたが、子猫の姿はない。
いるわけないよな、だって猫って子猫でも頭がいいもん。千夏は猫のすごいところを数えながら、ふらふらと歩く。ザバザバと傘を水滴が滑り、カミナリの音が鳴り響く。
つづきどうしようかな。ポップにしたいな。おにいちゃん家のあの子がよろこぶように。
千夏が猫のすごいところを100個思い浮かべ終わったとき、東の低木から、豪雨で薄い毛皮をベシャベシャに貼り付けた子猫がでてきた。
ポップな顔をした猫、ラグドール似の雑種。
彼女の名は「レイン」。雨の中から拾われ、バブルバスで洗われてうまれた、青い瞳の主人公。高熱で溶かされても、彼女は透明な身体を、ふたたび甘く、立ち上がらせる。
「でもね、バブルバスからうまれても、やっぱりレインはおフロがキライなんだよ。ねこだからね!」
絵本を読み終えたちいさな子供が、キャッキャと手を叩きながら言った。膝の上の絵本が揺れる。表紙には「バブルバスキャンディレイン」。
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