『その少女、アイスクリームアレルギー』7.16

 サイダー味のアイスキャンディもいいけれど、たまにはチョコレートもナッツもついていない、まったくまっしろなアイスクリームをたべたいと僕はかんがえる。
 そうなの、とミヨがいった。甘すぎて、わたしにはちょっと、だめみたい。コーヒーでもたのまないと、チヤホヤされる美少女みたいに、あんな気分になっちゃって、アレルギーがぶわぶわして、しゃべりだすと思うわ。かゆくなるのよ。
 僕は、ミヨはかわいいから、美少女になりなおしても、アレルギーはでないんじゃないの、と言った。
 バカね、美少女って、どこにでもいるもんじゃないのよ。わたしみたいのは、そりゃあ多少、自分でも、ととのっているのを知っているけれどね。そういうのは美少女ってのじゃないの。もっと逆に、なのよ。大したことない、中途はんぱな、小動物みたいなクリンクリンのつぶらの、でも流れ星みたいなキラキラをまとった、まほうみたいなお目目をもっていなきゃ、いけないのよ。
 ミヨは赤いランドセルを、トスンとゆらす。
 そういうことならたしかにミヨは、小動物というよりは彫りが深くって、あからさま過ぎる大きさの恒星みたいな目を、グルングルンさせているかもね。お星さまみたいにキラキラってもんじゃあ、ないかもしれないね。もっと広い場所で、まわりに僕以外の男の子をいっぱい引きよせて、きっと未来で、どんな食べものでも売ってしまうCMの主演を、つとめるんだろう。僕のことなんかわすれて、アイスクリームなんか食べなくなるよ。きっと。
 僕はフランスの街角で、ミヨがアイスキャンディを片手にもって、背の高い金髪に、青い目をした男とすれ違い、白いブラウスに、薄青色のスカート、街路のわきにブラウンの仔猫を引き連れて、クルリとふりかえるその瞬間を、はっきりと想像した。ミヨは、かわいいんだ。小学生同士だけれど、たしかに僕は少年で、ミヨは少女じゃないんだ。
 なにを言いたいのか、わたしはわかるわ。でもね、それはちょっと、夢みたいな話だと思うの。美少女になれないのは、わたしがいつも、こうやって遠まわしな、はずかしいしゃべり方をするからよ。ママがわたしに、少女マンガをたくさん見せたの。だから、甘すぎるとつらくなるから、わたしはアイスキャンディにするの。そのとき、もっと甘いアイスクリームの女の子が、パリの街並みをあるいていたらどうしよう。
 ミヨは、サイダーのペットボトルのフタをあけて、三口くらいのんで、ぷはっ、と渋い顔を、とおい空のむこう側まで飛ばした。ポン、とガラスびんのコルクが飛んでいくみたいに。のみかけのサイダーのプラスチックの口から、シュワシュワ、ちいさな水しぶきがはねて、パリの噴水みたいだった。
 ねえ、帰っても、わすれないで。ミヨは、僕のアイスクリームをもつ右手を、ギュッとにぎる。落っことしそうになって、僕はうん、と言いながら、あわてて背すじをのばす。
 でもミヨが、僕をわすれてしまうかもしれないよ。
 僕は、やわらかくてイヤになってしまう、自分の髪を触った。肌が血管をすかし、日に焼けて赤くなりはじめていた。ミヨのブラウンの目と、視線が合った。
 わすれないわよ。
 ミヨは言った。だってそのとき、オトナの男のくせに、あまいバニラのアイスクリームを、チョコレートも乗せずに食べているんでしょ。オトナになったくせに、どこかの誰かのために。
 僕は、ミヨに向かって、うん、と言った。
 ジェラートもシャーベットも、きっとミヨが来るまでやらないよ。ずっとずっと、ミヨみたいにアレルギーになるまで、アイスクリームを食べてるよ。そしたらミヨはそのころきっと、アレルギーを克服しているんだ。
 そうかもね。と、ミヨはランドセルを、トスントスンと揺らした。開いたところから、薄青いレースのプリントされた、ピンクのインクで文字の書かれた手紙が、僕にとどいた。
 わすれないでね。
 僕とミヨは、手をにぎりあうのをやめたくなかった。けれど僕はママによばれて、しかたなくミヨの手をはなし、いつのまにかパリの中心地で、すれ違うのを待つようになった。
 日本人の、サイダー味のアイスキャンディのミヨは、アイスクリームを食べない。





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