『姉と夏』7.24


 さいごに海に行ったのはいつだったっけ。たぶん十年以上前だ。大学一年生になってさそわれ、思いきって水着を買った。身につけたあの日のことはいまでも覚えている。
 海水浴場は人だらけ、うまれてはじめてビキニで外をあるくなんて当たり前で、だれも気にしない。さっそくすくむわたしをおいて、ともだちが数人まとまり、ザブザブと水中に潜っていく。頭が沈んで深いところからまた出てきて、足がつかないところまで泳ごうと言う。
 わたしは水をかき分けながらついていった。やがてからだが浮く。海水って浮きやすいんだっけ、ぼんやり考えながら息をすい込むと、だれかの足。水中でたくさんの足先がゆらめいて、白い砂を舞いあげる。踊っているみたいだと思った、浮いて沈んで。これから観覧車にのりにいくんだっけ。
 たった一日のあいだに二度もきがえをした。からだの水をきって観覧車でたかいところにのぼり、居酒屋で深酒してはじめて悪酔した。夜店まであるいて値段のたかいフランクフルトを買う。ふらふらのからだをともだちに支えられながら人混みのすみっこで、信じられないくらいきれいな花火をながめ、ため息まじりに呟きあい、このくだらない会話はずっと記憶にのこるだろうなんて勘違いし、なぜかなきそうなくらい将来を諦めてしまってこれからこの先こんな幸せなできごとは一生ないだろうと、空に咲いた花火をみたのにもう一度、夏をしぼりとるようにコンビニで買った手持ち花火であそんだ。
 思い出ってそんなに持っていないほうがいい。映画をみたって漫画をよんだって音楽をきいたって、すぐに思いだしてしまう。ちっちゃいなぁ、そんなので満足しちゃうんだな、わたしって本当に何の変哲もない、おおきな個性のない、ただの人間なんだってわかる。酷いじゃんってだれかに言いたくなった、むかしから普通になんてあこがれていなかったから。とくべつがわからなくて探してみたけど、ひとつしか見つからない。
 当時の呼びかたでアスペルガー症候群と診断された姉は十八歳で死んだ。姉はそれからずっと海にいっていないし、大学生にならなかったし、海をビキニで歩いた経験はない。わたしは姉にあこがれていた。夏はアトピーが酷くなると言っていた。
 わたしは何も持たないまま、夏の思い出だけ持ってみたけれど、そんなのあまりにも透明な、硝子のグラスみたいな記憶だから、間違えたり取り違えたりしないように、うまれるときわたしの頭は馬鹿になった。姉は全国模試で一位だったけど、因数分解のわからないわたしが食べる手抜きな焼き加減のフランクフルトは癖になるおいしさで、馬鹿でよかったかもしれないって、馬鹿じゃなきゃ、ラムネの瓶も一緒に買って、他の人と同じようにビー玉を見つめ、何度こんなおなじ景色がここで繰り返されたのかなと思いながら、ずっと普通に、疑いもせず普通の生活をする。浴衣を着るのも、わすれる。面倒くさがりで。当時は長い髪を、ジャラジャラのついた簪でまとめるだけでまんぞくした。
 戻りたくなんかない。無意識が勝手になつかしむだけ。避けようなく気温は暑くなっていき、わたしはまた思いだす。七夕が終わったからもう来るんだ。知り合いの少年がカブトムシを飼いはじめた。浴衣のチラシがとどいた。夜の風を涼しいと表現するようになった。どこを見てもうれしくっていやになるんだ、わたしは普通すぎて。二十歳をこえ、姉より歳上になったから、冷えたビールを買うことにする。



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