いつか来るのかな?「その時」が

わたしの「愛犬」と呼ぶにはちょっと違う、人生を一時期導いてくれた、犬の格好をしていた大切な「パートナー」が、小さな箱に入って今日でちょうど三年が経つ。
今でも彼女のことを思い出しては涙しない日は無いのだけれど、彼女の姿を見ることが出来ない悲しみや、触れることが出来ない悲しみには随分と慣れた。
今はわたしの心の中に住んでいる。もう離れることはない。ずっといっしょ。
と、思えるようになった。
時間の流れって、時に親切。

彼女が13歳になって、獣医さんのお世話になる回数が増え始めた頃だったかな。
彼女の体が抜け殻になったら、火葬しようと決めていた。
そして、いつか「その時」が来たら、遺灰を自然に還してあげたいとも思っている。

風のない穏やかな晴れた日に、箱に入った彼女とフタリきりでカヤックに乗って、腕が疲れるほど漕いだら、水の上で彼女と最後のおしゃべりをして、遺灰を全部流してあげたい。離れ離れにならないように、残さず全部。
生まれ育った大好きな湖で、また泳ぎ回ることが出来る彼女は楽しそうに、わたしの視界から消えて行く。

という予定でいるんですが。
それはここ3年間、相変わらず変わっていない。
のだけど・・・。

相変わらず彼女は小さな箱に入って、わたしたちと一緒に居る。
まだ「その時」が来ていないんだな、と思う。
果たして「その時」って来るのかな?とも思う。
同時に襲われる少しの罪悪感。
「還してあげれなくてゴメンねえ。」
「こっちの都合で引き留めてしまって、ホントにゴメンなさい。」

三年がすぎた。

「いつするの?」「こうしたほうがいいんじゃない?」
問うのは自分自身のみ。知ってるのは自分のこころだけだから。
これからも箱に入った彼女と、そして自分自身と対話を続けて「その時」が来る日を待ち続ける。

それまでは緊急災害時持ち出しリストのトップに鎮座していてくださいね。
わたしの大切なクロエちゃん。


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