多民族国家、ニュージーランドに生きるということ

シンガポールとニュージーランド。多民族国家に住んでもう25年以上が経ちます。

日本で生まれて教育を受け、社会人になってまもない頃、いきなりシンガポール転勤で(人種的に)マイノリティという立場になりました。その7年後にこれまた多民族国家のニュージーランドに移住。人生の半分を多民族国家で送っています。
でも、そのことに違和感を感じたことは一切ありません。それはきっと、住んでいる国で人種差別的な経験をしたことが皆無に近いからだと思います。

3月15日。ニュージーランドで史上初のテロ事件が起きました。280もの民族が平和に共に、安全に暮らしているこの国に一番似つかわしくないヘイトクライム。犯人の狙いもまさにそこにありました。
テロが勃発して一番世界にインパクトを与える国であり、場所。それがニュージーランドのクライストチャーチだったのです。

首相のスピーチの通り、NZ’s darkest dayとなったのは間違いなく、(被害者の方々を指して)They are usという言葉も心に響きました。
そして今回のターゲットとなったムスリム・コミュニティへの惜しみないサポートが連日世界に向けて放映されています。あらゆる宗教が教会などのお祈りの場所を全ての人に開放。色んな宗教のリーダー達、コミュニティのリーダー、果てはギャングメンバーのリーダーまでもが手を取り合う姿、小さな子供達が花を捧げるシーン、犠牲者のためにハカ(マオリの伝統舞踏)や鎮魂の歌を捧げる老若男女の姿。「We are one」「This will not divide us」ニュージーランド国内だけでなく、世界中がこのメッセージをテロリストに向けて、そして自分たちに向けて強く発信しているように思います。

ニュージーランドに住んで18年。税金も様々な形で納めて国民の一人として最低限の義務は果たしている自覚はあったけど、でも心の何処かに「住ませてもらってる」という、どこかゲスト感覚が抜けない部分も正直あったのです。
でも、今回の事件でムスリム・コミュニティの方々に寄せられる、様々な民族から肌の色や宗教を超えて降り注ぐハグ。そこには躊躇や不自然さは一切なく、「同じニュージーランド人だから」という気持ちが動かす、ごく自然の行動。そこには「わたし・・・犯人と同じ白人だけどいいのかな?」とか「宗教も違う外国人なんだけど・・・」「ニュージーランド生まれじゃないんだけど」という躊躇はありません。頭で考えていない、気持ちが起こす行動だから自然で美しい。今回の事件でどれほど住んでいる人々が「ニュージーランド人として誇りを持っている」のか、伝わってきたように思います。

ほとんどの人々が祖国へのルーツを持ったまま、ニュージーランドという国を作っています。きっと「すでに完成している国」ではなく「現在進行形の国」だという意識がどこかにあるからではないかと思います。今回傷つけられてしまったところは全員で修復して、一層強い国を目指して歩き始めようとしています。

わたしも日本人というアイデンティティーを持ちながら、そんなみなさんの背中についていこう。ニュージーランドという国を作っている一人として誇りに思おう。そう強く思いました。

50名の犠牲者に心よりご冥福をお祈りします。犯人の名前なんて一生口にもしないけど、あなたたちの事はずっと語り続けます。


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