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大切なのは事件との向き合い方

「ちょっと…
 看護師さん呼んできて。」


私は看護師なのに、
ドクターに
「看護師呼んできて。」と
言われたことがある。


おそらくなんだけど、
病棟で白衣着て
「看護師」っていう名札を
付けて、看護師の顔をして
ナースキャップを
かぶっている看護師の中で、

ドクターに
看護師を呼ばれたことの
ある人って、
そんなにいないと思う。


ハンナ、
新卒1年目のことである。


仕事ができる看護師ではなかった。



特別に私は
気遣いが細やか系でもなく、
頭がキレる
知識あります系でもなかった。


元々、性格はのんびりで
ボーっとしたタイプ。

ニコニコしているから
穏やかそうで
感じは良いんだけど
ニコニコしているだけ。
特にその後おもしろい話は
広がらない。



そんなハンナが
白衣を着て急にポーンと、
忙しい野戦病院のような病棟に
放り込まれたから、もう大変。

何が大変って、周りの人が。
「なんか…
すっとぼけたヤツ来たぞ…。」と。



**************



その結果起きたのが、
【看護師さん呼んできて事件】



当時、産科に勤めていたハンナは
内診をするドクターの診察介助に
ついていた。



患者を安全に診察台に誘導し、
羞恥心に配慮したケアを行いつつ、
ドクターが診察をしやすいように
次々と必要なアイテムを、
使いやすい状態にして渡していく。


途中、患者とドクターの会話が
スムーズにいくように声を掛けたり
説明の補足をしたり。

診察が終われば安全に元の状態に戻し、
次に使いやすいようにしておく。

それが診察介助の一連の流れ。
私はそれを行うためにその時、
ドクターのそばにいたのである。




その途中、
というか極めて前半部分で、
私は事件に見舞われた。


どうやらドクターの思うように
診察がスムーズに進まない。
そこでドクターが発した言葉が

「看護師さん、呼んできて。」

だったのである。




「は、はい…。」と
蚊の鳴くような声で
精一杯の返事をし、

私は
「看護師さん…看護師さんって………
私、看護師さん…だよね???」と

頭の中でグルグルと
思いや疑問を巡らせながら
ナースステーションまで
必死に走った。


「すみません!
看護師さんを呼んでます!」


ナースステーションにいた師長さんに
思いっきり看護師の格好をした私が
「○○先生が
看護師さんを呼んでます!」という
ナゾの報告をしたものだから、


ナースステーションは一気に

「は?」

という空気に包まれた。



そう、
ハンナ、空気だけは読めたのである。



パワフルで明るくて
元気な師長さんは
すぐに察知したのか、

「何言ってるの~!
『私が看護師です!』って
言ってそのまま介助、
付いて来なさい!」と


私を元気づけるよう
明るく笑いながら
言ってくれた。 

「む、無理ぃ…。」

当時まだ
自分の奥底に眠る気の強さに
気が付いていなかった私は、
上司とドクターの板挟みを全身で受け、
何も言えずに途方に暮れた。


そんな様子を見て、
優しい先輩が
スッと診察室に入り、
無事に内診は
ものの数分で終わった。


患者もドクターも先輩も
何事もなかったかのように
診察室から出てきて、
いつものナースステーションの
いつもの風景にすぐに戻った。


国試、受かったよね?


私の記憶が確かならば、この春
私は看護師国家試験に合格していた。


晴れて私は「看護師さん」になった
はずだった。



だけどどうやら私は
看護師さんとしての役割機能を
果たせていないようであった。


今思えば、1年目の看護師なんて
そんなもの。
先輩も上司もいきなり
1年目の私に1人前の
役割機能を果たすことなど
求めていない。



だけど私は
「看護師なのに看護師を呼ばれる」
という
想定外すぎる出来事に衝撃を受け、
そのあとものすごく考えた。



この事件が
私の看護師としてのその後の
あゆみのベースになるとは
その時は思えていなかった。

ハンナ、考えた。


何をすれば良かったのか。
何がドクター側から見て
足りなかったのか。

私が看護師として
できること、求められること。
そしてそれらをどう
練習していけば良いのか。

沢山考えて、
考えすぎてわからなくなったりもし、

「もしかして○○先生って、
目が悪いのかな?私の名札の
看護師っていう文字が
見えなかったのかな?」(←違う)


「自己紹介をもっと丁寧に
した方がいいのかな?」(←違う)

「そもそも私、見えてない?!」(←霊)


などと、
ドクター側の要因を考えたりと
都合の良い現実逃避をしたりもした。





**************



元々その先生は
気難しくてコワモテで、
話し方もぶっきらぼう。
看護師とあまり親しくするような
キャラクターではないと聞いていた。

だけど
同期のAちゃんだけは、
そのドクターに
気に入られているという噂で、
何のトラブルもなく
業務を遂行できていたのを
羨ましく思っていた。


一方の私は診察介助の時も、
回診の時も、
指示受けの時も、
いつも安定的に
こてんぱんにやられまくっていた。


【とりあえずまずは
看護師認定をしてもらいたい】


ハンナの目標は、看護師なのに
「看護師って認識してもらうこと」
というナゾの設定になった。

ナゾの目標設定と訓練期


それからの私は
思いついたできる事を
次々と試した。

スピードなのか、質なのか…。
テキパキと必要な物品を
先回りして差し出したい。


だがそれには
私ののんびりスピードでは
追いつかない。


と、いうワケでできる事前準備は
あらかじめするようになった。



それに
「次に何が必要か」を理解するには
今、ドクターは何を目的に
どこを見ていて、
それによって
次に起きてくる流れは何か。


Aの検査の場合もあるし、
Bの検査の場合もある。

Aが来ても、
Bが来ても大丈夫なように
それぞれの勉強と、
物品の準備などが必要だった。


サッカー日本代表の大切な試合。
順位が決まるタイミング。
そこのPK戦で、
ボールを待ち受ける
ゴールキーパーくらいのテンションで、
AかBかを待ち受けるハンナに、

容赦なくCが舞い込みまくる日々。



毎日毎日悔しくて、
こっそりトイレで
泣いては涙を拭き、
ゴールに戻っていった。
(↑ナースステーションね)


悔しくても悲しくても
介助の流れを復習し、
患者の声をドクターに届け、

機嫌が悪そうでも
ドクターへのご挨拶や受け答えは
しっかりと丁寧に行い、

疑問点や聞きたいことは直接
そのドクターに聞くようにもした。


そうして1年が過ぎた。



その間もAちゃんや
その他の同期たちは次々と
「○○くん」と名前を呼ばれつつ
用事を言ってもらえるが、

私は「ちょっと」と呼ばれていた。


「ちょっと」という
名前じゃないのだが…と
プンスカすることもあったが、

なにせ私はドクターにとっては
【看護師未満】

「井上、参ります!」
「井上、やります!」
「井上、できます!」


ひたすらに
「私は井上アピール」を
地道に続け、

日々物品を渡すスピードや
扱い方、患者さんへの
対応の仕方を
小さなところから追求し続け、
看護師認定をめざした。

そしてその日はやってきた。


「井上くん」
ドクターが私の名前を呼んだ。


2年目の春のことだった。


私はものすごい勢いで
ドクターの顔を二度見した。


「井上くん、これお願い。」
ドクターが名指して
私に指示書を手渡した。


いの…いのう…
いのうえくん…
これ…おねがい………


私はしばらくボーッと指示書を手に
立ち尽くした。



「…はやく…、できる?」



私は心の中で静かにガッツポーズをし
喜びを噛みしめた。


1年かかって、
新しく後輩が入ってきていたし、
何ならその後輩も
「○○くん」って
もう呼んでもらっちゃってるけど、


ハンナ、
そんなことはどうでもよかった。


1年かけて名前を
呼んでもらえるようになるまでに
考えて試して、
またチャレンジして
色んな角度からの視点で
見るようにして、

あーでもないこーでもないと
トライ&エラーを繰り返し、
地味に積み上げた実績。
それが【井上くん】


私は
「看護師井上くん」認定を
受けることができた。
感動。

その日私は初めて
トイレで泣かず、
こころの底から湧き上がる
喜びにニヤついた。


私の学び

私はこのことから
「できなくっても諦めず
自分が目指すところに向かって
研究して
地道に積み重ねること」の
大切さを学んだ。


そして自分は
やればできる子だし、
丁寧に向き合えば
難しい人とも
ちゃんと分かり合えることも
学んだ。


これは、
のちの看護だけでなく、
人生の色々に活きている。



看護師の免許や肩書があれば
いいってもんじゃない。


肩書に甘んじることなく、
そこに対する
私の思いを乗せて
向上心を持って働くこと。

それが大事。

気づかせてくれたドクターには
とても感謝している。



私は看護師スタートの時に
仕事がそこそこできる、
イケてる看護師じゃなくて
よかったのかも…と

看護師24年目になる
今も思っている。


私、絶対、
調子に乗るタイプ。


ちなみにその後
そのドクターは
他の看護師に
「ちょっと井上くん呼んできて。」と
言ってくれるようにまでなった。



頼りにしてもらえるようになった
井上くんは、少し胸を張って
働けるようになっていた。


**************


事件は起こる。
しかも
そこそこ想定外のところで。


【事件を起こさないように
生きるのではなく、
起きた事件にどう向き合うか】


これが私が必要と考えている
「生きる」を考えるための
自分への投げかけのひとつ。


あなたも是非、最近起きた
【自分にとっての事件】に
当てはめて考えてみてほしい。



自分を知って、勉強して、
チャレンジしていく。

結果を見て、
更なる向上のために
再びできることを考えて
チャレンジする。

その自分の
成長のさせ方の基本を
「看護師さん呼んできて事件」は
教えてくれたのであった。







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