カメラが映らなくなってから現れる
ヴェネツィアで友人と別れ、ローマへ1人旅。
「スリに気をつけて」とアドバイスされ、
緊張しすぎてガイドブックを電車に置き忘れてしまった。
ローマは観光客であふれている。
ビルの角に手持ち無沙汰に立っている人が気になる。
コロッセオで剣闘士が猛獣と戦った時代に思いを馳せ、
ナポリの泉でコインを投げる。
「真実の口」に手を入れるのを楽しみにしていたのに、
なんと数日前に車が突っ込んでロープが張られていた。
走るように名所を観て、駅へ向かう途中、カメラの電池が切れた。
帰るだけだから、大丈夫。
急ぎ足で角を曲がると、
突然、靄がかかった湖に浮かぶ古城が目の前に現れた。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
グリム童話の世界に迷い込んだような美しさ。
「ああ、なぜ今なのか」
後悔の気持ちを振り切り、その瞬間を慈しんだ。
写真で見返すことができないと思ったせいか、
その情景は、よりはっきりと私の心に刻み込まれ、
今でもありありと目の前に蘇る。
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