見出し画像

ラウール君の表現の幅が「ギャップ」という言葉におさまらない

どうも!SnowMan箱推しラウール担です。

昨日公表された、メンズノンノのラウール君表紙の衝撃がすごかったので、語らせてください。

毎日情報追いかけてるのに、見たことない表情。
ラウール君が単独仕事をする度、正直いつも胸をつねられた気持ちになります。

「私達は彼のこと何も知らないんだ…」
「私達の知るあどけない彼はいなくなったの」
「彼は遠いところに行ってしまうのか」

普段すのちゅーぶで見るような、「ビッグベイビー感」と「切れ味のいいツッコミ」は相反するものですが、”ギャップ”という言葉におさまります。
でも、ラウール君のモデルとしての表現の幅は、”ギャップ”という言葉におさまらない。「人が変わったのか」「遠くに行ってしまうのか」と、つい錯覚してしまうのです。

頻繁に↓の記事みたいな気持ちになります。
※2012年、羽生結弦が化け物としての頭角を現した試合についての記事です。いちいち羽生結弦出してごめんなさい。

余談ですが、ラウール担してると、よくセンチメンタルになるのは私だけですか?
↓の引用文みたいな気持ちを抱きます。

君のほうが ぼくよりずっと頭もいいし 身体も大きく力も強い 。
それなのに ぼくは――― "君を守らなければ" と ずっと思っていた。
“ぼくは何から君を 守りたかったんだろう?"

BANANA FISHという作品に出てくる言葉です。
圧倒的にラウール君の方が体格もいいし稼いでるのに、なぜか「守らなければ」という気持ちになる。

※今回の表紙のように「私達はラウール君のこと全然知らない」と痛感させられると、「彼は知らない所で傷ついてるのでは?」と考えてしまう。しかも聡明な為に感受性が高そうで、「傷つくときの度合いが大きいのでは?」と心配になる(あくまでも個人的推測)。

勿論、いつまでもおセンチな気持ちでいる訳ではありません。

<よくあるループ>
ラウール君の単独仕事発表
→センチメンタルな気持ちになる🥺
 「ラウール君は遠い所に行ってしまった…」

→日曜のそれスノ
→ほっとさせられる☺️
 「よかった、まだキャットファイトしてるぞ」
 「私達の知る彼がいなくなった訳ではなく、
  表現の幅が広がったのね🥰🥰🥰」

それスノのおかげで情緒保ってます。
それスノさん、本当にありがとう。

ギャップを通り越して人が変わったのかと思う、って冷静に考えたらすごいですよね。
リアルタイムで応援出来ていることに、感謝です。

とりとめもないことすみません。
読んでくださり、ありがとうございました!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?