見せてくれるものを受け入れる
*加藤シゲアキ結婚の話題を、まだ書きます。なんだかしつこくてすみません。いつにもまして「何言ってんだ?」感があります。あと、長いです。
慶ちゃんが結婚した。
え!と思いはしたものの、予想していなかったわけじゃない。何なら、NEWS最初の既婚者は彼かな、と思っていた。
そうか。おめでとうございます。今日は素直にこう言える。
自担じゃないから、といえばそれまでなのだけど。数日前より、アイドル(というかシゲ)の結婚について自分の中で咀嚼できるようになっている。気がする。
あれから10日、ファンの方々の思いを目にしてきた。祝福や寂しさが入り混じる、複雑な気持ち。そして、応援している人が結婚した時にあれこれ考えてしまうという、この体験が不思議で貴重であること。
やっぱり、皆のシゲが誰かのもの(?)になったことへの寂しさは拭えない。でも、実際ファンが見られるのは彼のほんの一部に過ぎなくて。
そもそもアイドルとはそういうもので。全部を知ることは不可能だ。ただ、彼らはファンの日常に大きな影響を与えていて。元気をくれるし、笑顔にしてくれるし、癒してくれる。がんばろうと思う原動力になってくれる。だから少し、勘違いをしてしまうのかもしれない。自分の「こうあってほしい」という、アイドルとしての理想像?そういうものを、願ってしまうのかもしれない。
当たり前に人としての生活がある彼らの、プライベート、ましてや結婚というごくごく生活感のある部分を、すんなり受け入れられないのも、おかしいことではないはず。結構自分を正当化しているけど、そう思う。
ふとした時に、世の中に「夫が加藤シゲアキである」という人がいることを強烈に意識する。うらやましさが強いかなあ。何かもっと、名前のつけられない感情もある気がするけど。
シゲを応援するに至った経緯を思い返すと、(知りうる範囲の)人間性みたいなものに行きつく。だから、シゲがシゲである限り(?)応援する理由はなくならないよな、と。
まっすーのインタビュー記事を読んだ。
3人の「NEWSを守りたい」という気持ちについていくしかないと思った。あるだけでうれしい、という言葉にハッとする。つまり、ないと悲しいのだ。あることが当たり前になっていて、ありがたみを忘れかけていた。
私が知りうる加藤シゲアキを、NEWSを、これからも好きでい続ける。それしかないと思った。
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