第一回の補足「8月4日(初動)時点での橋本の見解」

 『第一回「パクりをめぐる経緯と論点」① 経緯』は現在多くの方に読んでいただいているが、「長い」という声もある。
 私自身、第一回全体が長くなるのは仕方がないが、経緯の部分はもう少し簡単に読めたほうがよいと思った。

◆本連載で初出情報として重要な部分は『第一回「パクりをめぐる経緯と論点」① 経緯』と『第二回「参考文献をめぐる経緯と論点」①経緯』である。この2つの記事はすっきり読めたほうがいい。

 第一回の「①経緯」が長い理由は「8月4日時点での橋本の見解」という資料が長いからだ。なので、「①経緯」からリンクを貼り、本稿に資料として全文掲載することとする。

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8月4日時点での橋本の見解

 私はsuimon氏から連絡のあった翌日8月4日に見解をまとめ、suimon氏に送付した。後の論点とかぶる部分があったり、今の私の見解と異なる部分もあったりするが、参考のために以下に全文掲載する。

<手順の剽窃に関する問題>
・ある種の手順に関して、二人の人間が別々に同一手順を考えるということは十分ありうる。
・suimon氏が強力なコンピュータソフトを使わないアマチュアであるとするならば、千田氏の主張にはかなりの合理性がある。(アマチュアの棋力でこの手順に至るとは考えにくい)
・しかし、suimon氏は強力なスペックの最先端のPCを使用して分析を行っている。
・コンピュータソフトを強力に使用するという研究・分析方法によって、それぞれ独自に同一手順が出現することは十分に考えられる。
・suimon氏は執筆時と同一環境のPCにおいて、書籍と同一手順が出現することを追試できれば十分に嫌疑を晴らすことが可能。(再現可能性)
・『(C-book_2017)』には膨大な変化分岐が存在する。
・千田氏はその膨大な変化分岐のすべてにおいて自分のオリジナリティを主張するのか?
・膨大な変化の羅列だけではオリジナリティを主張できない
・千田氏が『(C-book_2017)』において、価値を付与している部分は、膨大な変化分岐に対して評価を与えているところである。
・その部分のオリジナリティには一定の評価が与えられるべきである。ただ、文章などによって解説を行い価値を付加したものとは一線を画すべきであろう。
・どういうことかというと棋譜の著作権に関して裁判所などを通して公に認められた判断は存在しないが、「何らかの形での解説がついたものが著作物となる」という実務上の運用がなされている。そういう意味で、『(C-book_2017)』の権利、オリジナリティ、価値はそれらの中間に存在するものであり、新しい事態である。→このような新しい時代の研究発表にかんするガイドラインは議論され、整備されてしかるべきものだ。
・書籍執筆上の手続きにおいては、suimon氏は巻末で「千田翔太六段作成の定跡」を参考文献のひとつとして挙げている。

<動機の問題>
・千田氏の主張は、「p.100~p102、p.106~p108の変化は、suimon氏のコンピュータで分析しても現れない変化である(suimon氏は自分のコンピュータで分析したものを書いたのではなく、千田氏の)『(C-book_2017)』の変化をみて書籍を書いたに違いない」というものだ。
・suimon氏の側に千田氏の『(C-book_2017)』の手順を剽窃する動機があったかどうかという問題がある。
・suimon氏に動機があるとするならばどのようなものだっただろうか?「書籍をよりよいものにするためには、千田氏の『(C-book_2017)』の手順が必要だった」「自分のコンピュータを動かして分析するのが面倒だったので、千田氏の『(C-book_2017)』の手順をそのまま掲載した」などが考えられる。
・上記に対する反論。suimon氏の書籍において、『(C-book_2017)』の手順はマストではない。
・強力なPCとソフトがあるので、『(C-book_2017)』の手順をそのまま掲載するリスクをとるよりも、自分のPCに分析させた手順を掲載するほうが合理的。
・千田氏の『(C-book_2017)』には膨大な変化分岐が掲載(羅列)されている。suimon氏が他の手順を選択していたとしても、千田氏の『(C-book_2017)』のどれかの変化と被る可能性が高い。

<千田氏は何を求めているのか?>
 「謝罪」「出版停止」「千田氏がオリジナルであることを書籍に記載することを求める」などが考えられる。現状、「謝罪」を求めているようだ。
ただやはり「謝罪」となると、何に対する謝罪かが問われることになる。
合理的に考えると、「千田氏がオリジナルであることを書籍に記載することを求める」であろう。
 ただ、書籍執筆上の手続きにおいて、suimon氏は巻末で「千田翔太六段作成の定跡」を参考文献のひとつとして挙げている。
 筆者(橋本)はこれで必要十分だと考える。
 その書き方が足りなかったというのであれば、増刷版において、千田氏の先行研究に関する言及をより増やすことを求めるなどすればよい。既に巻末参考文献に記載しており、記述の多寡を問うものなので、謝罪するべき問題でもない。

<手順の権利について>
 合理的に考えると上記の通りだが、千田氏が『(C-book_2017)』の手順は自分だけのものであり、他者が書籍において執筆することを許さない――という主張まで踏み込んでいるのであれば事態は難しい。
 「ある手順を誰かが研究し、様々な形で発表する。その手順を他の者が書籍において、解説する」という将棋書籍刊行の大本の部分が揺らぐことになるからだ。将棋書籍執筆者は様々な方法で情報を入手し、自分の中で噛み砕き、文章・解説としてアウトプットする。

<suimon氏の著作の価値>
 私が考えるsuimon氏の書籍・執筆者としの価値は以下のものである。
・最新のPCを使った詳細で膨大な研究
・情報をまとめ、分類し、書籍にする能力(氏の書籍の情報のまとまり、読みやすさは近年の将棋書籍執筆者の中でも抜けている)
・文章、解説能力(長年のブログ執筆などで文章能力・解説能力が培われており、簡単に他者がまねできるものではない。※このハードルがアマチュア将棋研究者達が将棋のほうの力はありながらも、書籍刊行が難しい理由となっている)
 最新のPCを使った研究というほうに注目がいきがちだが、suimon氏は純粋に書籍執筆者としての能力が高いのである。現代において、コンピュータ将棋の膨大な情報を扱うことは多くの人間にとって難しいことではなくなった。それを、ブログの文章や書籍解説として形にすることのほうにも大きな価値があるのである。その能力や価値付加を軽視することは、将棋書籍文化の死を意味する。

<出版社と有力棋士の力関係>
・マイナビ出版社の将棋部門は、構造的に有力な将棋棋士に弱く、有力棋士が強力に主張をすると何でも受け入れてしまいがちである。
・アマチュア研究者のsuimon氏と、有力棋士である千田氏では千田氏の力のほうが強く、その主張の正当性はとにかくとして、千田氏の主張を受け入れてしまう可能性が高い。
・千田氏の主張が「謝罪」だけでとどまればよいが、『(C-book_2017)』における分岐変化の手順すべての権利を主張するようであるならば、今後の棋書出版に対する重大なリスクとなってしまう。
・suimon氏は将棋書籍の有力な書き手であり、いわれなきクレームからは守るべきである。
・suimon氏の手法が剽窃を伴わないものであることは、マイナビ出版が一番理解しているはずである。
・suimon氏は自分の主張が正しいのであれば、曲げる必要はない。マイナビの謝罪方針とぶつかるのであれば、今後のマイナビとの出版を見送るほうがよい。将棋書籍で得られる印税よりも、将棋ブログ運営で得られる金銭のほうが多い。
・web上の研究発表、研究ファイル発表への言及・引用などに関するガイドラインを定めるべき。相手の感情を抑えるために謝罪するという一時的な対応ではなく、これからの棋書の将来も考えて長期的な視点での判断をうながしたい。

 千田氏が何を求めているのかがわからなかった時点のことであり、類推で議論を進めているところがある点はご容赦されたい。またこの見解は、8月4日時点の橋本の見解であり、必ずしもsuimon氏の当時の見解と一致するものではないであろうこともご了解願いたい。
 
 今見ると、初動の段階で現時点における論点のほとんどが提出されていたことがわかる。私でさえこれだけ考えることができたのであるから、マイナビ出版側もこれぐらいのロジックには思い至っていたのではないだろうか。
 なお、現時点における私の見解は8月4日時点での見解よりも「問題がない」ほうに強く傾いている。

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橋本長道

現代将棋新定跡をめぐる問題に関して

「コンピュータ発!現代将棋新定跡」(suimon マイナビ出版)に対してプロ棋士・千田翔太六段が抗議を行い、マイナビ出版が詫び文を出した事件の経緯と論点を綴っていきます。
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