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韓国での一人旅②

大聖堂を出ると、外は小雨が降り始めていた。

結局、3時間近く明洞大聖堂に滞在していた事になる。地下聖堂でも、庭園でも号泣してまわり、奥に見えるマリア像を求めて進もうとして優しげな警備員さんに「どこ行くんや、ここはお祈りするとこと違うで」と止められ、入ってはいけない所に入ろうとした自分の俗っぽさを恥ずかしく思う。
俗っぽさの流れから、この号泣の思い出の品を買っておこうと売店に入ると、先にいた中国の方に対する店員さんの態度がキツめな事と、私の支払いがしばし放置されたりする世知辛さに、売店から出る時にはちゃんと泣き止んでいたからありがたかった。
聖堂地下にあったカフェに着く頃には完全俗世に帰ってきており、そこでレジをしている只者ではないほどに顔面の良いお兄さんに見惚れるくらいには、いつもの私に戻っていた。やけに顔の綺麗なカフェ店員にちょっとでも小食と思われたくなり「このパンケーキは半分のサイズは無いですか?」と、腹減ってるのに聞いてみるくらいには、俗だった。

軽食をとりながら、これからの予定を練り直す。すでに、アカスリの時間までに南山タワーに登るにもアイドルの手形を見るにも時間は無くなっていた。駅を一つ分歩けば着きそうなので、散策しながらアカスリ店に向かってみる事にする。

で、外に出ると雨が降っていたのだ。
傘はない。幸いにも小雨だったが、隣で信号待ちをする男性が濡れていく私を気にしているのがわかる。「気にさせてしまい、すまん。」と言葉で伝えられないので、同内容で念を飛ばしておいた。似た顔をしているのに言葉が通じないのは、不思議だ。
韓国アイドルを応援しながらふと、何故言葉も文化も違う人をこんな必死に応援しているんだろうとよぎる時がある。言葉がわからない分、シンプルに彼らのパフォーマンスを良い!と思っているという事なんだろうが、もし彼らの話している事がわかったら、なんか思ってるのと違うなと感じたりで素直に応援できない事もあるかもしれない。言葉が不自由だからこそ、都合の良いように補填し解釈して、気付かなくて良いところは気づかないままで応援できる。いい歳になり、相手の言葉や行動が分かりすぎてしまう。相手の言葉や行動で、奥にある精神性まで透けて見えるような感覚や、何かを見ようとしてしまう自分を嫌だなと思う。わかったような気になって、どうせこんなもんだろうとタカを括ったりして、傷つかないようにしている。経験ばかり増えて、頭でっかちの自分は、この旅の終わりに何を思うんだろう。わかったような気になって終わりなのは嫌だなあと思う。

一駅分歩くと言っても、15分程度の道のりだった。
予約の時間よりも随分早く、アカスリのお店についてしまう。雨宿りも兼ね早めに入れないかと引き戸を開けたそこが「花マッド汗蒸幕」。私の初体験がてんこ盛りとなるアカスリ店である。

「オソセヨー」
と掃除をしているラフな格好のお母さんに声をかけられる。靴を脱ぎ受付に向かうと先ほどのお母さんとは別の私と同年代ほどのお姉さんが、「予約の…」と言うが早いか食い気味に、「待ってました、あっちでちょっと待っててください」と、多分韓国語で言われる。
(ここら辺から、日本語なのか韓国語なのかはもうわからない、そんなん関係ない世界へ)

「予約してたのは普通のコースだけど、これにプラスで足揉みながらパックしたほうがいいね」と、多分日本語で言われる。眠りたい気持ちもあり追加をお願いする。
「紙パンツはいて、これを体に巻いて。どこのロッカーでもいいね、あと全部脱いで」と言われる。
準備を整えプライベートゾーンは隠してお姉さんの前に出ていくと、
「じゃあ、お化粧とりますか」と言いながら、私が今丁寧に体に巻いた布を剥ぎ取り否応なく一回乳大全開の後、
「こうやって巻くと取れないから、手あげて」と言って、きゅっと巻き上げ直してくれる。
化粧を落としていると、
「今日チュソクですよ。どこもやってなかったでしょ?この時間まで何してたの」
と話しかけられる。顔を洗いながら、
「朝ごはんにコンビニのラーメン食べた」
と答えると、
「えー!コンビニのラーメンさみしいよ。ここでは、家だと思って過ごしてくださいね。気楽にリラックスしなきゃだよ」
と洗面所に屈んでいる私の肩を揉みながら言ってくれる。

「ねえ、コンビニのラーメン食べたって。」
「チュソクって知らないできちゃったの?」
「わかってたみたいだけど、寂しいよ、ラーメンは」
「ヨッピー、サウナ案内してあげて」
「チュソクはもう韓国人が海外旅行するタイミングになっちゃたんだよね」
「これからたのしい事あると良いんだけど」

顔を洗う私の後ろで、お母さんとお姉さんが二人してずっと話している。めちゃくちゃ私の話を私以外の二人でしている。気になる。会話の中で、お母さんの方が「ヨッピー」と呼ばれているような気がする。
洗顔の終わった私をヨッピーがサウナまで案内してくれる。
結局、お姉さんもついてきて、今一度、私の体に巻いた布を締め直してくれる。
ドゥンとサウナの扉が閉まると、誰も話していないので、一気に静かになる。この半日誰とも話さず、泣いてばかりいたので、急激な言葉の応酬についていけなかった。言葉ってすごい。

サウナで十分に温まりアカスリ場まで出ていくと、
さっきまでTシャツに短パン姿だったヨッピーが黒地に小花柄のビキニ姿で出迎えてくれた。

(ヨッピー、その格好NG出してもいいんじゃないか。)

「お風呂に入ってね」と何も気にしていないヨッピーから声をかけられ、私も気にしちゃダメだ!と思うのに、どうしても鏡に映り込むヨッピーを目で追ってしまう。
(ヨッピー、私の母親より多分年上だよな、こういう仕事が長いのかな。勝手にこんな事想像するなんてダメだ。私これから、自分の母親より年上の方に、自分の体の垢を擦っていただくんだ。気合いを入れろ)
アカスリ自体は、万事順調に済んだ。たくさん出た垢をヨッピーが「これ汚いの、取れた」と見せてくれたのが、グッとくる。
アカスリの後の算段を私は特に聞かされていなかった。多分、追加した足のマッサージかなと思いながら、移動するよっぴーについていくとそこで、身体中に泥を塗られた。

確かに、「花マッド汗蒸幕」だった。
マッドを武田双雲とかが使うようなでかい筆で、ぶっかけけられる。何、何、何。なんの説明もないから、今、すごい面白いよね?黒地小花柄ビキニのヨッピーより、大裸の中年女性泥まみれの方が面白いよね???足の指まで泥塗ってくれる…屈むヨッピーの頭部を眺めながら、ええええ面白いどうしよう、待って次何させられるの…頭をフル回転させる。泥パックなら…乾かす!と、思い当たるのと同時くらいで、赤外線みたいなので温められている部屋に座って待てと指示が飛ぶ。
笑うな。シワになる。太ももの上に手を置け。そして、笑うな!と、指示がとぶ。
ヨッピーがドア開けっぱなしのまま部屋を出ていき、取り残されるが、この乾かし部屋から先ほどの受付が丸見えなことに気づく。次の予約の方があの引き戸を開けて入ってきたら、大股開いて泥まみれで座る私を、何よりも先に目にするはずだ。
お願い、誰も入ってこないで。お願い。
泥まみれなのも、いつ誰にこの状態を見られてもおかしくない状況も、この期に及んで笑ってはいけないのも、非言語コミュニケーションすぎる。
奥からお姉さんとヨッピーが話してるのが聞こえる、多分また私の話をしている気がする。あと、ヨッピーじゃなくて、お母さん多分お名前が「ヨンピルさん」とおっしゃるんだ。もう、わかる。私の話をしているし、なんか食ってる。その時、私は赤外線の赤い電灯に照らされながら、非言語コミュニケーションを通して言語の壁を超えさせられたような感触を感じていた。

乾いた泥は洗い流さないといけない。
ヨンピルさんから顔と体の前面は自分で流せと指示が飛ぶ。頑張って泥をこそげるが、足の指の流しが足りず再びヨンピルさんが屈んで足を洗ってくれる。ヨンピルさんの頭部を見ていると、なんか食ってるお姉さんが登場。忙しそうに私の体を拭いてくれるヨンピルさんを横目に
「ソンピョン食べて」爪楊枝に刺さったチュソクの餅を、手渡しされる。

「風呂がり 餅は飲み込み にくいかな」
一句できた

「チュソクぽいもの食べて。せっかくだから」
と、お姉さんの目はまっすぐなのだ。食べる以外の選択の余地なし!の気合いの咀嚼も喉に降りて行かない餅に、全く良いリアクションが取れなかった。味わうことはできなかったソンピョン必死の咀嚼の間も、ヨンピルさんは私の体を拭いてくれている。

こんな風に人との距離が近かったり、乱暴なほど甘やかされたのは、いつぶりだろうと前日からの疲れと風呂上がりの気だるさの中で、私はぼんやり考えていた。

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