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[小説] マリア

朝6時に起床して、歯を磨いて身支度を整える。
生きることに絶望を感じ、今日もまたあの重労働をさせられるのかと思うと死にたくなった。

家を出る時にうまく鍵が回らず、鍵が壊れるのでは、と不安になる。
何とか鍵をかけ、重い足取りで作業場に向かう。今日も無事に生きられますように、と祈りながら。
1日の作業を淡々とこなす。相次ぐ酷い言葉の数々に心は少しずつ荒んでいく。
言葉の暴力に耐える間、楽しいことすら考えられない。


私はこんな事をやる為に生まれてきたわけじゃない。苦しくなってしまった。



マリアは裕福なお嬢様だった。
生まれながらにして裕福な家系で、親は会社を経営していた。

マリアは名門女子学院出身だ。
周りにはルイ・ヴィトンやエルメスの身につけていた学生がいた。
彼女にとってはそれが当たり前のことで、これから彼女が経験する貧困、古い家屋のことなど知らずに育った。


それがある組織に虐められて牢屋に収容された。
別に彼女は、何も悪いことをした訳ではなかった。
なぜ自分がこの牢屋に収容される羽目になったのだろう。「運命」とも言うべきものなのだろうか。だとしたら世の中は残酷だ。

すぐに虫が出てくるような古い建物。
冷蔵庫も洗濯機も電子レンジもない。
カーテンはなくプライバシーという言葉はない。
彼女は悲しみに暮れた。

これまで裕福な家庭で暮らしてきたマリア。
実家の部屋には季節の花が飾られていて、フレグランスも置いてあった。
読書が好きで、部屋にアート、歴史の本まで幅広くあり、
大好きなマリー・ローランサンのアートが飾られてあった。

しかし、好きなローズの香りも、季節の花も、マリー・ローランサンのアートも、ここにはない。

ここにあるのは、いつ幽霊が出るかわからないような牢屋。
水を流すたびに異臭が漂うお風呂。ご飯は少量のパンしか与えられない。


彼女の心は磨耗した。
毎日外でしたくもない作業をこなして、クタクタに疲れた身体は牢屋で癒せるはずもなかった。
辛かった。早くここから出たい。

彼女は必死で働いた。少ない賃金をコツコツ貯めて、いつか絶対にここから抜け出そうと必死だった。
少しでも良い場所に住むために。
ここから逃げ出すために。


いつか普段通りの日常を生活を送れたらどれほど幸せか。「普通」の暮らしが送れるようになりたい。「普通」の暮らしを送れないことは、とても苦しいことなんだと。
牢屋に閉じ込められた時、思わず泣きそうになった。綺麗な西洋風の一軒家からネズミでも出てきそうな牢屋に押し込められた。その時の屈辱感、悲しみはどれほどのことか。

マリアはストレスで髪の毛が沢山抜けてしまった。艶のあった髪はゴワゴワになり、しっとりとした柔らかい手はカサついて皮がめくれそうになっていた。

マリアは限界だった。一刻も早くここから逃げないといけない。ずっとこんな牢屋に閉じ込められて、大切な若い時代を失うわけにはいかない。少しでも綺麗な家に住んで、綺麗なものを沢山見て、心を癒して、自分を大切に扱わなければ。そうじゃないと自分がかわいそう。


勇気を出して環境を変える努力をした。
今は辛い。けれど、いつかはきっと、幸せが訪れる事を信じながら。

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