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【小説】BULLET 3

「じゃあこのまま詩音と武田君と彩菜が赤サイドで」
ユイから一通りのレクチャーを受け僕達はいよいよHADOの基本形式である3on3で実戦を行うことになった。
右手に装着したアームデバイスに表示されている数字は左から3331。それぞれが表すのは、弾速、大きさ、チャージ速度、シールド耐久のステータスで、数字が大きいほど能力も大きい。一人に与えられているステータスは合計10だ。本来なら戦略や各々の得意不得意でステータスを変えていくのだろうが、赤サイドのステータスは全員3331にした。何が使いやすいのか全くわからず、とりあえずレクチャで例として挙がっていたこのステータスを使ってみようというものだった。
向こうはどんなステータスなのだろう。相手を眺めてみてもステータスが分かるわけではないのだが、左から順にチエリ、ユイ、チエリと同じ二年のユースケへと視線を移していく。三人の中でユイの身長が極端に低いのがわかった。細身で顔が小さいのでバランス的にはモデル体型だが、150㎝に届かない身長は他の二人とは頭一つ分ほど差があり、ゴーグルに映る青い的が真ん中だけ低くなっている。
「おぉぉ、上倉先輩の的だけ凄い上にあります」
僕の身長は190㎝。両隣の二人より頭一つ分高いので、チエリからはこちらの的が山型に並んで見えるのだろう。
「皆初めてだし私はそっちにもアドバイスしながらやるね」
「ユイ先輩よ、いつまでそんなこと言ってられるかな?」
一年の武田がそんな軽口を叩けるのは、ユイの身長からくる可愛らしさのせいもあるだろうし、それはそのまま彼女の高い社交性とも無関係ではないのだろう。
「武田君にはちょっと本気出すね」
「かかってきなさい」
そう言って武田は手をくいくいっと二回動かして見せた。
「じゃあ始めるよー!」
ユイがゲーム進行用のiPadを操作すると同時に辺りが静かになった。ほとんど意識の外にあったが待機中のBGMが消えたのだ。視界に「VS」の文字が現れ、両端から「RED」「BLUE」の文字と赤青のヴィジュアルエフェクトがフェードインする。
そして形を変えて各々のプレイヤーネームへと続いていった。
伝統的なスポーツでは味わえないデジタルならではのカッコ良さが試合開始に向けて僕の感情に助走をつける。

“HADO”

“FIGHT”

遂に試合が始まり、先ほどとは違ってビートの強いBGMが流れた。
それに気づいた直後、正面のユイが向かって右側に少しだけ立ち位置をずらしたかと思うと、動いたのと反対側に顔を向けて腕を振った。青い弾が飛び出して視界の左隅に消えると「うわっ!!」という武田の声が聞こえた。
「本気出すって言ったでしょ」
「え~全然気づかなかった~」
視界の上部を見るとスコアが“0-1”になっていた。
今の一発で武田がK.Oされたらしい。
「あれ?弾出ないんすけど…」
「K.Oされたら三秒間何もできないよ」
「えーーー!」
悲痛な叫びを横に聞きながら、弾のチャージが四発貯まったことを確認して正面のユイに向けて右手を振り出した。
放たれた赤い弾は思ったより下に逸れて的を外れた。
「さっき説明したけど、照準は手を振る方向じゃなくて画面中央のマークだからね。しっかり的の方を見よう」
そう言ったユイがこちらを見て腕を振り出すと、説明を頭の中で咀嚼している僕の目の前に青い弾がぐんぐん迫ってきた。
慌てて体を左に揺すると金属が擦れてぶつかったような“キンッ”という音が聞こえた。
「詩音やるな~。避けられちゃったけど狙いはこんな感じ」
当てられたかと思ったが、今の音は掠った時のエフェクトのようだ。
アドバイスに倣い視界の中央に見える照準のマークをユイの的にきっちり合わせて腕を振った。

“パキーン”

真っ直ぐ飛んでいった弾が同心円状に四枚並んだ的をまとめて破壊した。
「そうそう、ナ~イス!」
“パキーン”
初得点に喜ぶ間もなく突然目の前が赤く点滅し、中央にK.Oの文字とカウントダウンが表示された。
「やったー!」
やられた。
ユイばかり見て他の二人から弾が飛んでくることを考えていなかった。
「チエリちゃんもナ~イス!シールドも使ってみよう」

“シャキーン”

チエリが真っ直ぐ下ろした腕を振り上げると、半透明の青い壁が現れた。右側のユースケも同様にシールドを展開した。ユースケがそのままこちらを狙ってきたが運よく逸れて、復帰したばかりの的は二枚残った。
「そっちはまずシールドを割ろう。シールド1なら三発で割れるから」
残り弾数は三つ。
僕はユースケの方へ連続で弾を放った。

“パキーン”

割れたシールドが飛び散るエフェクトとほぼ同時に彩菜の撃った弾が、隠れていたユースケの的を射抜いた。
「シールド割られたときは危ないんだよ。HADOあるある」
ユイはそう言いながら武田の方を向いて腕を振った。
「あ!!」
「割ってる人が狙われるのもHADOあるある」
「ユイさんホントに俺に厳しい」
「ほら!K.O復帰直後もあるあるだよ」

“パキーン”

「あーー!」
武田君が連続でやられてスコアは2-4。
残り時間は40秒。
僕はユイを目掛けて二発連射したが、話しながらだというのに左右に体を揺すっていとも簡単に回避されてしまった。
初体験であっても負けたくない。
ユイに当てるのを諦めてチエリに狙いを変える。ギリギリで動かれて二枚残ってしまったが、遅れて届いた武田の弾が残りを割り切って3-4。
「ちょ、、待っ」
ユイ以外から点を取れば追いつけそうだと思ったのも束の間、再度、武田の情けない声とともにスコアが動き、3-5と離されてしまった。
どうする。
ユイがたまに放る武田君への弾が確実に一点になっている。
これをどうにかしないと勝てないが、レクチャーしてくれた一点目のように止まっていてくれないと当たりそうにない。
一方でユイは武田以外に対して不自然なくらい撃ってこない。
こちらの弾を避けはするものの、全く反撃してきていない。

ハンデなのか?

そうだとするなら。
「武田君、シールド張ってみて!」
「え?」
「考えがあるんだ」
「わかりました」
エフェクト音とともに視界の左に赤いシールドが展開された。
「サンキュー!」

“カーン”

直後にユイがシールドに放った弾は一発。
三発で割れるのに、だ。
弾の残数は四発。
僕は腕を下げる。
弾の残数は4発。
チエリが撃った二発でシールドが割れたのが横目に見えた。
シールドチャージが半分程動いたのを確認して左前へと走り出す。

“シャキーン”

センターライン少し手前のやや左寄りの位置。ユイから武田への射線を塞ぐ位置にシールドを展開した。
「ホントに詩音はやるなぁ~」
そう言ったユイは二発しか弾を撃たなかった。
やっぱり。
ユイは弾を多く出せないステータスなんだ。
「武田君、今度は前に出てシールド張ってみて!」
「わかりました!」
僕はそう言って少しセンター寄りにずれると自分でも一枚シールドを展開した。
これで真ん中と左サイドからは少しの間攻撃できないはずだ。
あとは僕が両サイドに加勢するように撃てば勝機はある。
まずは圧倒的に有利な状況を作り出した左サイドから。
僕は二つ弾を放った。
距離があった先ほどとは違い、ほとんど反応すらされずにK.Oになる。
4-5。
そのまま右サイドにも二発。狙いがずれて一枚残してしまったが彩菜ちゃんの弾が打ち抜いた。
5-5。
残り時間は15秒だ。
いける。
“カンカーン”
ユイが放った弾が目の前のシールドを二度叩く。こちらが攻撃をしていた間に他のシールドは割られていた。
僕はリチャージされた一発分をK.Oから復帰するユースケに向けて放った。
“パキーン”
青い四枚の的が表示された瞬間、赤い弾がそのど真ん中を打ち抜いてついに6-5と逆転した。しかし次の瞬間、戻した視界の左にチエリの放った二発の弾が迫ってきているのが見えた。
マズい、シールドはあと一発で割れる。

“シャキーン”

突然左から目の前に切れ込んできた武田が三枚目のシールドを展開した。
“カーン”
僕を捉えるはずだった青の弾が勢いよくシールドを叩いた。
残り5秒。
勝った。

“カンカーン”

全く予期せず目の前のシールドが破壊された。
撃ったのはユイだ。
瞬間、ひと飛びで前に詰めてくる。
慌てて一発撃ったがあっさり右にかわされ、そのまま反撃の一発が飛んできた。

“パキーン”

なんでそんなに連続で撃てるんだ?
ユイはすぐ左後ろに切り返しながら腕をもう一振りした。

“パキーン”

6-7。
TIME UP。

あと少しのところで負けてしまった。
ゴーグルの画面にスコアと各プレイヤーのK.O数等が表示されている。
ゲーム開始前に聞いていた通り、アームデバイスをスワイプして映し出されたプレイデータを流していくと、各プレイヤーのステータス表示に切り替わった。
相手のステータスも全員3331だ。
ユイは自分で制限してたのだ。
「くそーーー」
疑問が解けたのと、負けた悔しさかとで僕は半分笑いながら叫んだ。その声につられて今体験したHADOの半端じゃない面白さが込み上げてくる。
想像していた以上だった。
ビジュアルや操作性がPVと少し違うことなんてどうでもよくなる。
すぐにでもチームを作って、ユイみたいな経験者に勝てるようになりたい。
「ごめん、負けそうだからつい撃っちゃった」
こちらに歩み寄ってきたユイがそう言う。
「なんだよちくしょぉー。ステータスで縛ってるんだと思ってた」
興奮気味の僕の言葉に返事は返ってこなかった。
「そしたら、最後に連続で撃たれるんだもんなぁ」
やはり返事はない。
気になってゴーグルを外すと、ユイは驚いた表情でこちらを見ていた。
「詩音てホントに凄いね」
「何が?」
「普通は初プレイでそんなこと考える余裕ないよ」
「そうなの?」
「そうだよ。ね、武田君?」
ユイに撃たれて動かされたからか、武田は肩で息をしている。
「ホントそう。シールドを張るように言ってましたけど、そんな冷静に考えられなかった」
「そうなの?」
照れくさくてそう返したが内心はとてつもなく嬉しかった。
練習すれば世界一になれるんじゃないか。
世界一になれば賞金も貰えるし、HADOがもっと広がって本当にプロ化するのなら、僕の進路はこれでいいんじゃないか。
まだ初体験を終えたばかりだというのに、期待はどんどん膨らんでいった。
今日ここでプレイしたことをいつか語る日が来るだろうか。

「お疲れーっす」
不意に知らない声が聞こえた。
辺りを見回すとコートと通路を隔てるパーティションの隙間から覗く顔があった。
「あ、佑真さんお疲れ様でーす」
手を振ってユイが親しげに挨拶を返した相手をよく見ると、僕たちの前にプレイしていた内の一人だった。
「ユイちゃん相変わらず強いね」
「でしょ?初心者に大人げないとも言うけど」
僕達がここに来た時の声かけの雰囲気からして佑真さん達はかなり本気で練習をしている雰囲気だったが、大会に出たりしているのだろうか。
「あのさぁ、俺もうすぐ帰るんだけど、その前に一回だけ1on1してくれない?もちろん、皆さんがOKしてくれるならで」
「私は全然いいですけど」
ユイが振り返り一人一人に目配せする。
「ということなんだけど…少しだけ使っていい?」
今度は僕達が互いに目配せし合う。
「いいんじゃないっすかね?」
問題なさそうな雰囲気を察知して武田が答えた。
「僕も全然OKだと思うよ。1on1も観てみたいし」
何より経験者どうしの試合を観るのが面白そうだった。
「ありがとう!あ、こちらは佑真さん。年末にあるワールドカップ出場が決まっている人です」
「えぇぇ!!凄い!!」
フロアに反響するほど大きな声をあげたのはチエリだ。
当然、他の皆も驚いた顔をしていたし、僕だって驚いた。
しかし、二人のやり取りを聞いていてもっと気になることが僕にはあった。
「そんな驚いてもらって嬉しいです。でも、ユイちゃんだって」
「まあまあ、私のことはともかく早く始めましょう」
佑真の言葉をわかりやすく遮ってユイが試合準備を促す。
慣れた手つきでデバイスを装着する彼女を見て改めて疑問に思った。

ユイはワールドカップ出場選手よりも強い?

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