アンストイックダイアリー 4


いきなりの上り坂にやや圧倒されながら突き進むと、道路沿いにある気温を示す電光掲示板は12℃であった。9月の初旬にもかかわらず今時分がいる場所が日本の北限であることを実感させた。


1時間ほど歩いただろうか。

林道の入り口はすぐにわかった。


ここから舗装が途切れているが、林道であるから車が通ることもあるのだろう、轍のあるダートは比較的歩きやすかった。
が、ここからは全く街灯も無く、月明かりのみが頼りだ。
見える景色は麓に見える港町、香深のわずかな街灯りと、はるか海の向こうに見える灯台の灯り、それに星空のみだった。
林道は人里から離れると緩やかな丘陵地帯となっていた。
轍のあるダート道はいつしか、人一人が通れる程度の獣道に変わっていた。
 
進むべき道がなんとなく見て取れる程度の明るさである。
この丘陵沿いの獣道を進み続けるとどうなっているのかまではわからなかった。
地図によると、この道のだいぶ先の方で、1箇所だけ分かれ道がある。
それを左に行きさえすればよいのだ。左に曲がるだけ。馬鹿でもわかる。

海の向こうには何か光る物体が2、3個点在している。おそらく漁船か何かだろう。たいした景色も見えないし、休憩を取るほど疲れてもいない。
何よりも他にすることがないのだから歩き続けるしかない。
この礼文島は、海抜0メートルの地帯から高山植物が生息することで花の愛好家達からはよく知られているそうだ。
今この暗がりの中を歩いている限り、足元に広がる草花はおそらく愛好家達からしてみれば素晴らしいものなのだろう。
地図にも書いてあるが、この辺りはレブンウスユキソウの群生地だという。
しかし、オレにはどれがそのレブンウスユキソウなのか見分ける術もないので、そこら辺に咲いている花はスミレだとかクローバーの類と同じものにしか感じなかった。
さらにこの島は強い風が吹くことでも有名である。
車の乗り降りの際は注意してドアを開けないと、猛烈な風を受け、その瞬間に反対側に折れ曲がってしまうほどだという。
その強風も、いまのところはなりを潜めてくれているらしく、快適な夜行ハイクである。

1時間ほど歩くと、高山植物の花が咲き誇る丘陵地帯は2メートルほどの木が生い茂る藪のような景色に変わっていた。
道は少々ぬかるんだ獣道だ。
所々にある水溜りを避けながら、泥で滑らないように注意を払うことに集中していた。道を進むにつれ、木の高さは更に高くなり、藪は森のようになっていた。
月の明かりはほとんど入ってこない。
入ってこない割には道があることだけはわかる。


「どういうことだろう。」


遠慮なく声に出してそう言ってみた。
よく目を凝らしてみると、道はかなり広い。
箱根の杉並木などのような広さである。
まさか関所は出てこないだろうが、伐採された樹木を保管しておく貯木場のようなものがあった。
林道だからそんなものもあるのだろうという程度にしか思わず道を進みながら、更におかしなことに気がついた。
電柱が建っているのである。
電柱といっても木をそのまま使っているような田舎の私有地などに建っているものだ。


「絶対におかしい。」


まあ、初めて通る道なのだから、そこに何があろうとも外から来た人間はそれを受け入れるしかない。

とうとう街灯が現れたのだ。

道はアスファルトに変わった。
向こうの方に1台の車が停まっているのが見えた。
まさか人が乗っていることはないだろうが、こんなところで人に遭うのは嫌だなと思いながら近づいていくと、停まっている車のライトが急に点灯した。


つづく

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