見出し画像

縄文人とクマ

縄文遺跡からクマ形土製品が見つかることがあります。弘前市尾上山出土(青森県立郷土館所蔵)が有名ですが、今年5月に秋田県の大湯ストーンサークル館でクマ形土製品を見かけました。三角の顔ととがった鼻。デフォルメしてありますが真ん中の盛り上がりは何を意味しているのでしょうか?

画像1

大湯ストーンサークル館のクマ形土製品(2019.5.2撮影)

秋田県鹿角市十和田大湯は2016年5月に4人の死亡事故(食害)を出した地域で全国に衝撃が走りました。人とクマが共通の食料であるネマガリダケを採りに出かけた際の遭遇でした。

画像2

大湯環状列石遺跡のクマ避け電気柵(2019.5.3撮影)

今でもクマが多く出没するためストーンサークルへの夜間の立ち入りやクマよけフェンス外への立ち入りを禁じています。三内丸山遺跡では、縄文人が大量のクリを栽培していた形跡があるのですが、クマもクリが大好物で、縄文の時代から人とクマの深いつながりを感じさせます。

画像3

三内丸山遺跡 クリの大木で再現されたヤグラ(2019.5.2撮影)

民俗学者の折口信夫(折口学)研究で有名な中沢新一『古代から来た未来人』によると、折口は古代人の思考を「類化性能」で説明しようとしました。折口の研究手法は、現代科学の物事の違うところを見つける「別化性能」ではなく、ものごとの似ているところを見つける「類化性能」、現代でいうアナロジー(類推)を使って、直感的に古代人の行動を想像するところから始まります。

画像4

「別化性能」とは、たとえば人とクマを見て、こことここが違うと分類する『人間=2足歩行、体毛が少ない、冬眠しない。熊=4足歩行、体毛が多い、冬眠する。』という科学的思考に対して、「類化性能」とは、『人間と熊は子どもを産む、魚を採る、身体が暖かい。つまり人と熊は同じものかもしれない。』という直感的思考。古代人はその「類化性能」に長けていて、神話や文学の源になっていると言っています。

縄文中期末葉のむつ市最花貝塚から出土したツキノワグマの頭骨には、人によって打ち割られた可能性のある傷があり、「儀礼」の可能性が指摘されています。

画像5

長野県下伊那郡出身の児童文学作家 椋鳩十はクマの童話をたくさん書いています。前述の「イーハトーブの山旅」でも東北のマタギや北海道のアイヌがクマを崇拝することを書きましたが、椋鳩十は信州の猟師もクマを神と崇拝していることを書いています。

画像6

(2019.5.22 20:19自動撮影カメラにて)

5月17日17:58(TOPの写真)と5月22日20:19に上高地の自動撮影カメラにツキノワグマが写りこんでいました。

昨年のブナが凶作だったようで、林道をウロウロしています。クマは前年秋に大量の木の実(ミズナラ、コナラ、クリ、オニグルミ、トチノキ、ツノハシバミなどの堅果)を食べ脂肪を蓄えて冬眠します。昨年は脂肪の蓄えが足りなかったのか、春になって腹ペコでエサを求めて人の活動エリアまで降りてきたようです。クマの人なれと、人のクマなれがまずい結果を引き起こさないかハラハラしています。

日本クマネットワークの調査だと、2018年長野県の人身事故は5件(5名)で死亡事故はありません。すべて山中での事故であり、3件はくくりわなで錯誤捕獲されたクマに近づいた際にワイヤーが切れて交錯したというものでした。のべ捕獲頭数は164頭ですが、そのほかにシカやイノシシ用のワナに錯誤捕獲されたクマが316頭もいて、2016年には249頭、2017年には322頭と、保護管理計画に定めた数より多くのクマが捕獲されていることになります。

長野県内でのクマの出没状況は、2006年、2010年、2014年と4年おきに「大量出没」が続き、2018年6月までは過去最多ペースで目撃が相次ぎました。その理由として、春の気温が高くクマの活動が早まったり、住民の関心が高く目撃情報が多く寄せられたりした可能性が指摘されました。

画像7

ヨセミテ国立公園のアメリカ・クロクマの爪痕

上高地では幸いにこれまで人身事故がほとんど出ていないところを見ると、クマと人との接触が少なかったことが原因の一つではないかと思います。国立公園特別保護地区内では山菜取りやキノコ狩りができない環境であり、林業従事者も少ないので出合頭の事故になりにくいことは考えられますが、早朝や夕刻の登山道で出くわす可能性は十分にあります。クマが人と出合頭で出会った場合、心理的な緊張により防御的攻撃を行う場合があります。北米で近隣種のアメリカ・クロクマが人を襲うことがほとんどないことを考えると、ツキノワグマが攻撃的なクマなのか、それとも、日本独特の自然環境がそうさせているのかは研究途中なのだそうです。

画像8

外国人観光客でにぎわう上高地河童橋(2016.10.22) 

年間130~210万人もの観光客が訪れる上高地で、今後何も手を打たない状態で、人身事故がないとは考えにくく、出合頭の事故を避けるための注意喚起や、クマに出会った時の対処法を観光客や登山者に積極的に啓発する必要があります。これには上高地の観光業者の協力が重要で、クマの最新出没状況を詳細に知らせる必要がありそうです。色褪せた古い記事がいつまでも掲示されているようだと人は関心を失います。

いずれにしても人身事故が発生すれば、人にとってもクマにとっても取り返しのつかない事態となります。人間が上高地に住む前から棲んでいたツキノワグマを、人間の都合で駆除しても良いのかという、様々な問題を提起することになります。

画像9

学生時代に北海道の日高でヒグマに遭遇し、怖い思いをした記憶があります。ツキノワグマには立山や黒部で何度か遭遇しましたが、パーティーで行動していたので恐怖を覚えたことはありません。1月の白山の林道で、ザック(キスリング)を置いて先頭でラッセルし、ひとりで取に戻った時、親子のクマがザックのそばにいて、立ち去るまで20-30分間遠目に待ったことがあります。出合頭でなかったことが幸いでしたが、初めての冬山で経験のない恐怖を感じました。

ながいこと日本で登山を続けていればクマとの遭遇は避けられない運命にあり、覚悟しなくてはなりません。クマの生息地ではクマ撃退スプレーを携行するとか、大声を出しながら歩くとか、人が気を付けるしか方法はない気がします。その覚悟がないのなら、山に入る資格はないと考えています。ただしクマ鈴やラジオの音声はせっかくの静かな山歩きを楽しんでいる人たちの気持ちを台無しにしてしまいますのでやめていただきたいと強く思います。

You are in Bear Country

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?