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発達障害の人の「自分らしさ」。生きやすさと引き換えに手放さなくていいんだよ

ひじの内側を虫に刺されてかゆくってカキカキしてたら赤くなってきた…。そんなひじの内側をみててふと思いだしたんだよね。自閉症の友達ライアンに久々に会った時のこと。

ライアンは、いつも私の顔を見ても私だとわかってくれない。でも私のひじの内側を確認すると「チャビ母ちゃんこんにちは」と一緒に楽しんだ思い出話を話しだしてくれた。

ライアンは人を顔じゃなく「ひじの内側」で認識するんだよね。

こんな風に生き方に独特の「らしさ」がある。それが自閉症をはじめとする発達障害のある人達なんだと思う。

だから逆に「らしさ」を良い事として受け入れてもらえない環境だと、発達障害の人達は居場所を失っちゃうんだよね。らしさを「間違ってる」とか「おかしい」っていうんじゃなく「お~!そういう生き方もあるんだね!!!」だと、みんな誰もがのけものにならないで、生きやすくなると思うんだけどな。

ちなみにライアンは、昔はいきなり人の腕を引っ張ってひじの内側を確認したけど、ご両親や先生は「一声かけて相手の確認をとってから」というルールをライアンに教えたんだよね。これが「そんなのおかしいからやっちゃダメ。顔を見て誰だかわかるようにしなさい」という指導だと、自閉症の人には生きにくい。

前者は「自閉症の人が、自分を誇りに思ったまま社会の中でうまく生きられる為」のソーシャルスキルトレーニング(SST)。後者は、自閉症の人が自閉症であることを否定し&否定され、マジョリティである障害のない人と同じ生き方を強要した指導。

色んな療育があるけど、療育やセラピーって上に書いたSSTのように発達障害のある人が自己肯定感を感じられるものであってほしいと切に願うんだよね。

でもね、自閉症を始め発達障害のある人達は、ライアンの様な独自の「らしさ・マイルール」を持って生きてるんだけど、『そのマイルールを社会の一般的なルールに書き換えさせよう&書き換えられたら仲間に入れてあげるよ』というのが残念ながら今の社会。大切なのはそのマイルールを集団の中でうまく適応できるように導いてあげる事のはずなのにね。

考えてみたらね、日本ではあんまり「自分らしさ」って尊重されないよね。集団からはみ出ないこと・集団のハーモニーを崩さないことが「良い」っていう価値観だから。でもね、最近の流れでは、もうそんな「集団に右へならえ!」することにみんなもうんざりしてきてるよね。

だからね、子供たち、そして大人たちが、一人ひとりの「らしさ」をもっともっと追求していけばいいのになって思うのね。そうするとみんなの「自分らしさ」がもっと認められて、尊重されるようになると思うの。

発達障害のある人が、「自分らしさ」を生きやすさと引き換えに手放さなくてよくなるっていうのは、そんなみんなの「自分らしさ」が尊重される延長にあるはず。だからみんな、もっと自分らしく生きようよ!!!

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