【新刊刊行記念 期間限定公開】経営学を学んでいないドクターのための クリニック成功マニュアル[第1章]

12人の医院経営ケースファイル ~私たちはどうやって経営トラブルを乗り越えて理想のクリニックを創ることができたか~』(梅岡比俊 編著 8月上旬発売)の刊行を記念して、梅岡先生の過去の著作の一部を期間限定で無料公開致します。

経営学を学んでいないドクターのための
クリニック成功マニュアル
梅岡 比俊 うめおか ひとし 著
第1章 外部環境 編


ブルーオーシャン

 私は,今の医療業界はブルーオーシャンであると考えています.ブルーオーシャンとは,経営学用語で競争のない未開拓市場のことで,新しい商品やサービスを開発したり投入することで創出される競合相手のいない市場,まさに青い海であり,平穏な海です.ちなみにこれに対して,競争の激しい既存市場をレッドオーシャンと呼んでいます.医療業界はブルーオーシャンなのですから,競合相手もなく,焦らずに自由に思ったように医院運営ができるわけです.これには異論があるかもしれませんが,他の業界を見てみると,その差は歴然,医療業界がブルーオーシャンという事実が見えてくるのではないでしょうか.
 同じ医療でも,歯科業界は医科に比べると厳しく,コンビニ件数が全国で約42,000軒あるのに比べ,歯科医院は約68,000軒もあります.年収が300万円ほどにしかならない歯科医師がメディアで取沙汰されていますが,これはまさにレッドオーシャン,いわゆる血の海で,競合で血で血を洗うような競争社会になっているのです.
 歯科医の直面している現状を見たうえで,少子化,人口減少という日本の将来を考えれば,需要と供給の関係から,医科にとっても将来は厳しい環境になるのではないかと考えられます.ですから,今がブルーオーシャンだからこれからも大丈夫,ではなく,今は大丈夫だけれどもこれから先は大丈夫とは限らないのです.そこで大切なのは,将来に対して事前にどのように手を打っておくかです.その時になってその場しのぎに対処するのではなく,今から根本的な問題解決に至る道筋を考えておくために,私たちは日々学び続ける必要があるのです.そして根本的な問題解決のヒントは歯科にあります.歯科医院の取り組みについての書籍はたくさんあるからです.
 医療業界がブルーオーシャンと言ったことにいまいちピンとこないドクター方もいらっしゃるかもしれませんが,実際のところ私たちは,大学で経営のことは何も学んでいないにもかかわらず,エイヤ!と開業してもそれなりに運営できているクリニックがたくさんあることを考えれば,納得いただけるでしょう.まだまだ医療業界の経営に対する成熟度は低いのです.


医療を取り巻く外部環境

 私自身が経験しているわけではないのですが,かつて医療保険の個人負担が0割だった時代があったそうです.0割ということは,いわゆる患者さんの窓口負担がなしということです.昨今,後期高齢者の現行1割の窓口負担を一律3割にしようという動きが出ています.言うまでもなく,これらは全て国の政策です.
 民主党政権時代には,1回の受診に対して50円だか100円だかを一律負担させようという法案を通そうとしたこともありました.また,生活保護世帯の方の負担を増やそうと「無料はやめ」「タダより怖いものはない」などという発言もありました.現状3割で済んでいる個人負担ですが,国の方針しだいで4割とか5割とか,そこまで進む可能性も考えておく必要があるわけです.さらに,これらは全て医療業界における外部環境の変化であって,自分自身でコントロールできるものではありません.自分で変えられないものに関して何らかの対処をしようとしても簡単にはできません.自分が政治家になれば変えられるという意見もあるでしょうが,それでは本末転倒です.
 自分自身ではコントロールできない外部環境の変化に関しては,将来を予測しておくことが重要と考えます.将来の予測を立てたうえで,現在の自分のクリニック運営の中で,今できる範囲で内部留保をしっかりと確保し,来るべきときに備えておくということも必要ではないでしょうか.
 クリニックを取り巻く社会的情勢としてもう一つ,私が心配しているのが家計の圧迫です.20年前の家計と10年前の家計,そして現在の家計を比べてみましょう.よく「失われた20年」と言われますが,日本の経済は,株価も含めてこの20年間で成長していません.いわゆるデフレも含めて,家計が徐々に圧迫されています.その原因は,給与所得がこの20年で増えておらず,むしろ,実質減少している状況にさえあるからです.
 こういった状況下において,国民の医療に対する意識はどうなのでしょう? 以前なら気軽にクリニックを受診できたのに,場合によっては市販薬で済ませるとか,治るまで我慢するとか…….家計の圧迫というものが受診抑制の要因の一つになってはいないでしょうか.
 ある一つのデータがあります.約20年前の耳鼻咽喉科クリニックの1人の患者さんの1カ月当たりの平均通院回数は約2.2回でした.現在の1カ月の平均通院回数はレセプト1枚当たり1.6とか1.7とか,おおよそそのような数値になっています.患者さんの受診回数が減ってきているのは,頻繁に通院する時間がないということもあるかもしれませんが,一つには通院回数を減らして受診料を減らそうという流れもあると考えられます.こういった受診抑制も外部環境の変化ということになります.
 昨今,「自分の身体は自分で管理しましょう!」という政府の方針もあってか,以前はクリニックでしか処方されない,あるいは医師の診察を通してしか処方されなかった薬がどんどんOTC化,on the counterを通じて薬局で販売できるようになってきています.確かにこれは社会保障費を抑えるうえでは非常に有効なことではあります.
 例えば,近年発売された抗アレルギー薬に「アレグラ」という薬があります.アレグラは花粉症やアトピーといった症状によく効く薬で,日本でも売り上げシェアトップ5に入っているくらいの薬です.そのアレグラがOTC化されるとなると,OTC化の是非云々はともかく,本来クリニックで処方されていた薬が,全く医師を通さずに患者さんの手にわたることになります.クリニックで処方されると3割負担,ドラッグストアで購入すると10割負担という差はあるのですが,買い手からすると手に入れやすさでは断然ドラッグストアが勝るわけです.
 「ロキソニン」という痛み止めの薬も同じです.今後,大きな流れとして今までクリニックでしか処方されなかった医薬品が,どんどんOTC化されていくとしたら,例えば,花粉症関連の薬がほとんどOTC化されるとしたら,耳鼻咽喉科としてその専門性でできる治療は何か…….レーザー治療は? 舌下免疫療法は? そのほか自費診療で私たち医師が関われるものはないのか? といったように,今のうちに策を講じておく必要があるのです.
 自分の人生のマイナスを外部環境のせいにするのは簡単ですが,「他人」と「過去」と「外部環境」を変えることはできません.それでは,どうするのか? 自分ができる「影響の輪」に集中することに徹し,与えられた外部環境をどう活かしていくかを考える必要があるのです.
 例えば,人口が減少しているとしても高齢者は増加しているとしたら,高齢者にターゲットを絞ったマーケティングを考慮するのもよいでしょう.ご高齢の方は,クリニックからお体を労わる手紙を送付させていただくと大変喜んでくださいます.そこで,季節のお便りを送らせていただき,接触回数を増やしてより身近な存在になるよう努めます.あるいは,地域の老人会に挨拶に出向く,院内施設に杖立てを設置したり老眼鏡を置いておく,バリアフリー化する,閑散期に限定して聴力検査をサービスで行う――などなどです.
 これらのどれもが必殺の一撃になるような手立てではないけれど,積み重ねることで他院との差をつくりだし,違いを生み出してくれるのです.そして,そこに自分の想いを重ね合わせていけば,医業という規制内でもできることは他にもまだたくさんあるのです.


異業種からの学び

 勤務医が経営者になる時には,まず,ドクターとしての「思考の枠」を外すために,自らがクリニックの外に出て学ぶという姿勢が大切です.読書も大切ですが,リアルに人と会うことでインスピレーションを受けることはたくさんあります.特に医療業界以外の経営者との関わりは,私自身の思考の枠を広げる素晴らしい機会であり,成長は人との出会いで加速されていくことを痛感しています.

1 美容院からの学び

 2014年の夏に,院外研修として美容院経営で著名な北九州のBAGZY(バグジー)さんを訪問しました.そこで私は,医療業界以外の方との出会いを通して多くのことを学ばせていただきました.BAGZYの久保社長からは「仕事に対する想い」を強く感じました.久保社長は,人を活かす経営,つまり人を人として大切にしてその個性を重視し,その人らしくその職場の中で生き生きと輝かせるといった手腕で,地域の皆さまであったり顧客であったり,あるいは美容院のスタッフからも非常に評価され,ひいては愛される美容院となったということです.

 美容院の数はコンビニよりも歯科医院よりもさらに多く,全国に約23万軒もあるそうです.そのような超過渡供給の環境においても,BAGZYさんが人を活かして立派に経営されておられるのを拝見し,「ああ,医療業界ってなんて胡坐(あぐら)をかいて待つスタンスだけなんだろうか….まだまだほかの業種から学ばせていただくことがたくさんあるんだ」と感じました.

 BAGZYさんから頂いたアイデアはたくさんありますが,その中の一つが「両親からの手紙」です.私のクリニックでは,新しく入ってくるスタッフ全員に対して,本人には内緒でコッソリとご両親に何かしらのメッセージを手紙という形で頂戴しています.今まで手塩にかけてきた我が子が社会に羽ばたくとき,子どもに対するご両親の想いを紙にしたためていただいて,入社式当日に先輩である上司が代読するのです.

 普段はなかなか面と向かって言えないような言葉でも,手紙であれば書けることもあります.ご両親からの深い,本当に深い愛をメッセージとして受け取った新スタッフは,これまで育ててくれたご両親への感謝の想いを胸にし,自分が今までお世話になった恩を社会に返すという気持ちになってくれるのです.
 とはいえ,この両親からの手紙も,なぜこれを実行するのか? なぜこのクリニックでやらなければいけないのか?――ということを真剣に考え,その想いをどのようにスタッフに刷り込むのかまで準備する必要があります.そうでなければ,いわば小手先だけのテクニックを弄したところで,そのクリニックの環境は本質的に変わることはないからです.
 私が「両親からの手紙」を実行した一番の理由は,私たちのミッションである「医療を通して日本を明るくする」ことを実現するうえで,スタッフ個々が日々の仕事に対して有り難さを感じるとともに,今こうして元気でいられる理由を一人ひとりがもっと受け止めてほしいと考えたからです.
 思えば私たちは皆,両親からたくさんの無償の愛を与えられてきました.しかし,与えられてきたたくさんの愛を実感する機会は少ないのではないでしょうか.面と向かって言えないことでも手紙でなら表現しやすいし,それを感じ取る子どもたちもたくさんの示唆が得られるのです.
 両親からの手紙の朗読は,4月の入社式後の合宿で行います.両親からの手紙を聞いて,私自身,身が引き締まる想いがするのと同時に,自然と頬に涙が伝わってきます.文面からあふれる愛を,その場にいた約20人がシェアする,それぞれのご両親の子どもへの熱い想いというものに共感した時,人としての本質的な琴線に触れるものがあるように感じました.

 私たちはこうして今健康に働けている,その礎を築いてくれたご両親からのメッセージを聞くことで,私たちも実は当たり前のようで当たり前ではないその毎日に感謝し,人に対してもっともっと優しくなっていけるのです.
 このように積極的に医療業界以外のところからでも学ばせていただき,医療には直接関係ないことでも良いところは採り入れていく,そういった行動をこれからも続けていきたいと考えています.どの業界でも少子高齢化や人口減少は同じ,しかし成果において圧倒的な差異が出ているのも事実です.どこの業界にも必ず見習うべき点があるはずです.社会環境のせいにするのではなく,医療業界においても良いと思ったらやってみることが必要なのではないでしょうか.

2 自動車ディーラーからの学び

 「一番大切なことは,一番大切なことを一番大切にすることである」
 これは,高知県のネッツトヨタ南国さんに企業見学にお伺いしたときに横田英毅前社長からお伺いした言葉です.ネッツトヨタ南国さんをお伺いするきっかけとなったのは,横田社長が書かれた『会社の目的は利益じゃない』という本を読んだことです.その中に「一番大切なことを大切にする」という一説があり,本当に会社の中で人々が得たいことというのは利益ではなく,働く中での人との繋がりであるということや,仕事を生き甲斐,働き甲斐とする目的に重きをおいた経営をされているということが書かれていました.
 現場スタッフは,横田社長が指示を出さずとも,お客さんを満足させたり感動させるにはどのようにしたらいいだろうか? ということをみんなで考えるそうです.残業という概念もなく,ただお客さんのためにみんなで熱く討論を交わし,そしてそれを実行するそうです.そして,実際にお客さんに喜んでもらうことが,社長や現場スタッフの喜びとなっているということでした.
 そういった内容の本を読んで,その仕組みを知りたくなり高知まで出かけていきました.そこで私が衝撃を受けたのはネッツトヨタ南国さんのスタッフの採用方法でした.新卒の採用に関しては,面接に来てもらい,会社を見て,そしてスタッフの仕事ぶりを見て,そして対話をする,何回も何回もそのことを繰り返すのです.社長がその人の特性を把握したり,あるいはその人自身にも実際にネッツトヨタさんという職場に合うのかどうかを判断してもらうために,何回も何回も面談を重ねていくというのです.私はその採用方法の本気度に非常に興味をもって,私のクリニックでもスタッフ採用における面談の回数を増やしました.
 試行錯誤ののち,横田社長の「一番大切なことは,一番大切なことを一番大切にする」という考えのもと,回数を重ねる面接で私の同志を探し求めていくという採用方法に定着しつつあります.同志を集めることがより私の理念に合致した経営に向かっていけるものだと考えているからです.

3 サービス産業からの学び

 大辞林によれば,「サービス業とは,宿泊設備貸与業,広告業,修理業,興行業,医療保健業,宗教・教育・法務関係など,非物質的生産物(サービス)を生産するあらゆる業務」とあります.つまり,私たち医師は医療というサービスの対価として患者さんからお金をいただき,それで生活をしているわけです.
 医療におけるサービスとは,患者さんにとっていかに価値あることを提供できるか,患者さんがいかにその無形のものに対して価値を感じ取ってくれるかであり,具体的には,提供する医療技術以外にも,接遇であったり,ドクターの説明内容であったり,診察の待ち時間なども含まれます.
 そういったサービスに関する学びとして,私のクリニックでは,スタッフに実際に大阪のリッツカールトンホテルのサービスに触れてもらったり,ディズニーランドに研修に行ってもらったりしています.いかにして顧客に高い価値を提供して,その価値を感じ取ってもらえるか,業種は違えどもサービス業の本質というものを学び続けているのです.
 リッツカールトンホテルでは,実際にそのサービスに触れて一流のサービスという感覚を得てもらうことを目的に,毎年1回,研修を兼ねた忘年会を行っています.ピンと張り詰めたホテル内の雰囲気と,その雰囲気にたがわぬスタッフの素晴らしいホスピタリティーといったものはなかなか言葉では表しにくいものです.何も贅沢をしようと思っているわけではなく,「百聞は一見に如かず」ということわざがありますが,自分たちが一流になろうと思うのであれば一流のものに触れようという気概を持つことが大事です.
 リッツカールトンホテルでの研修を通して,少しずつですがスタッフたちにも変化が現れてきました.最初にリッツカールトンホテルに行った時のクリニックのスタッフの表情を見ていると,なんだかよそよそしいというか,おどおどしているような,その場の雰囲気に圧倒されているように見受けられました.しかし,何回も回数を重ねた結果,その一流の場に自らが溶け込み,荘厳な雰囲気の中でも臆することなく,自分らしさを出して楽しめるようになってきています.そして次第に今まで見えなかった一流のサービスの本質が見えてくるようになってきました.一流ホテルのスタッフの細やかな動きや気遣い,想いやりといったものに,私のクリニックのスタッフが触れ,学ぶことによって,クリニックでの患者さんに対する想いやりや行動が明らかに改善されていると感じています.
 また,ディズニーランドにはディズニーアカデミーという研修のコースがあります.ディズニーランドのスタッフが裏の裏側まで見せてくれ,ディズニーランドの社員としての考え方や姿勢といったものを教えてくれるのです.研修費用は少し高いですが,普段は見えないキャストの方々の行動やその考え方の背景にあるものを感じ取ることができました.

 ディズニーでの研修を通して,考え方の変化や学びはたくさんありましたが,一番大きな学びは,キャストの皆さんの一人ひとりが本当に心の底から楽しんで仕事をしているということでした.ゲストに対して,楽しんでホスピタリティーを出そうという主体性,自主性というものをすごく感じ取ることができました.また,とにかくお客さんを満足させようとか,感動させようとか,キャストのホスピタリティーには感銘を受けました.あるスタッフが気づいたことですが,どんな年代の方にもその年代に合った話し方をしていて,子どもに対しては子どもの話し言葉で目線を合わせて話しかけていました.
 そういった気づきを参加したスタッフが持ち寄って,そして梅華会にとってこの行動は役に立つものなのか,あるいは梅華会にとってアレンジして使っていくべきものなのか,ということを何回も何回も話し合う機会をミーティング内で持ちました.そうすることによって,自らが考えて導入し,そのスタンスで行動するきっかけや習慣を得ることができました.
 ディズニー流のサービスの在り方が全ての企業に適用され得るものではないと思います.しかしその根底に流れるディズニーのホスピタリティー・想いには一貫性を感じました.私たちの法人における軸というものをもっともっと明確にし,一貫性をもたせることで,私たちのクリニックのミッション・想いが患者さんにもより伝わっていくのではないかと考えるようになりました.
 サービスの在り方というのは様々ですが,一人ひとり真剣に,目の前の顧客に対してどうすればその人が価値を感じてくれるのだろうか,どうすればその人が感動してくれるのだろうか,どうすればこの顧客は喜んでくれるのだろうか,そういったことを考え続けていく必要は,共通していると考えます.

4 歯科クリニックからの学び

 ヨリタ歯科クリニック,寄田院長との出会いも私に大きな影響を与えています.
 開業直前の2008年9月,フリーター状態の私には時間があったので,今のうちにたくさんのものを学んでおこうと,医師主催の経営セミナーや医師としての経営マインドを学べるようなセミナーを探しました.しかしその当時,その種のセミナーは全くと言っていいほどありませんでした.かろうじて,開業コンサルタントと開業医がコラボして開催した「開業医として何をするか」というセミナーがありましたが,受講してみると何かしら物足りなさを感じました.というのは,セミナーはフロントエンド商品で,バックエンド商品として開業をその開業コンサルタントさんに任せようと誘導するような内容だったのです.もちろん,講演の内容がよければそれでよかったのですが,実際には,この開業コンサルタントに開業の場所を決めてもらって,物件のテナント交渉もしてもらって,さらに診療圏調査もしてもらって,それを基にした1日の患者数からはじき出す売り上げがこれぐらいで,利益がこれぐらいで,これで借金が返せるという内容でした.そのセミナー終了後,私は物足りなさというか,これから開業して長く診療していく上では,何か欠けているような,何とも言えない感情を抱きました.
 そんな時,ネットを見ていてふと気になったのは,歯科医師によるセミナーでした.歯科領域は過当競争で大変な業態だというイメージは漠然と持ってはいましたが,医師も歯科医師も患者さんと接し,医療というサービスを提供するという意味では一緒ですし,何かしら得るものはあるだろうと想いそのセミナーに参加しました.そこで私が見たこと,聞いたことは今でも私の心の中に焼き付いて離れません.衝撃を受けました.
 そのセミナーの講師,寄田先生が行っている医療は,今までの既成概念を打ち破るようなものでした.それは,予後医療という概念で,いざ症状が悪くなってから患者さんが来るという治療の概念から,その前に予防で治療に至る段階を防ごうというアプローチだったわけです.今でこそ,そういった予防治療を推進されている歯科は数多く見受けられますが,その当時の私にとっては本当に新鮮なものでした.今まで,病気になって悪いときにしか患者さんは来ないという前提でクリニックは存在すると勝手に思い込んでいたのです.
 しかし,寄田先生は,予防のためにしっかりと事前のカウンセリングや説明をして患者さんに納得していただいたうえで,定期的に通院してもらうような仕組みをつくるとおっしゃるのです.実際にそのためのカウンセリングルームまで設置されることに驚き,私は,準備していた開業するクリニックの図面に,急きょカウンセリングルームを差し入れました.その時,設計士からは「どうせそういった部屋を造ったとしても使われませんよ」という忠告もいただいたのですが,これからは予防医療や医師以外の説明によるカウンセリング業務といったものが患者さんの満足度を高めるのではないかという私の考えは変わりませんでした.
 歯科医師としての活躍はもちろんのこと,周囲のスタッフを生き生きとした笑顔にする温かみをお持ちの寄田先生には,これからも師事していくことにしました.10人以上の大人数で寄田先生のセミナーに参加したこともありましたし,医院見学の機会を二度もいただくことができました.寄田先生がさらに進歩し前進する姿勢を間近に見て,私も医療を正し,これからさらに上を目指していきます.僭越ながら,『青は藍よりも青し』と言えるようになりたいと思います.


コラム 私の開業失敗談

1 開業地探し
 私の場合,開業する場所を探すことに本当に苦労しました.当初は競合の少ないところを探し回り,出身大学のある奈良県から京都,大阪まで幅広く探していました.しかし当初は,私の地元の阪神間で開業しようとは全く考えていませんでした.それは,自分への自信のなさの現れであり,既存のクリニックと競合しても勝てるわけがないという想い込みによるものでした.今思えば,競合するクリニックさえなければよいという浅はかな考えだったのです.弟の一言で,自分の好きな阪神地区にしようと決断したのですが,それでも,自宅は阪神間にして,開業する場所はそこから一定の距離で円を描くようにして探し,最初見つけた物件は難波にありました.
 難波の物件は,駅からも近い商業エリアでフロアは1階,同じエリア内に耳鼻咽喉科クリニックが少ないという好条件です.私は即決でその場で交渉を進めました.そして,気がはやる私は保証金数百万円を入金,一気に開業モードに向けて鼻息を荒くしていました.
 しかし,冷静になってそのエリアの年齢別の人口分布を見てみると,子どもが少ないことに気づきました.耳鼻咽喉科領域にとって,幼少児は小児科とバッティングするくらいマーケットとしては需要が大きいのですが,その子どもが少ないのです.難波という商業地なのですから,子どもが少ないのは当たり前と言えば当たり前なのです.あるいは出勤してきたサラリーマンをターゲットとして仕事をしていくか,いずれにしても一生モノの決断に迫られました.私はめちゃくちゃ悩みました.こんなに悩むことがあったんだろうかと思うくらいに,悩みました.
 通勤ぎらいの私が毎日難波まで通っている姿も想像できず,結局,難波での開業を断念し保証金をパーにして全ては振り出しに戻りました.
 焦りがつのる中で,結婚したばかりの妻が常に励ましてくれたことが一番の支えでした.これからどこで仕事をすることが自分にとって一番幸せなのだろう? 前にも書きましたが,弟との会話が自分自身の固定観念を振り払うよいきっかけになり,故郷の西宮のことが頭をよぎりました.
 「どんなに苦しくてもいいから好きなところで仕事をしよう.患者さんの数は,もしかしたら少ないかも知れないけど,できる限りの努力はしてやろう」
 通勤時間が短いということも,私にとっては魅力でした.故郷に住み,故郷で働くことは通勤時間を大幅に短縮できることになります.時間は大切な命の一部であり,かけがえのないものです.これまで5つの病院に勤務していましたが,常に車で10分以内のところに住むようにしていました.最も大きな理由は,緊急時に対応がしやすい,夜中に呼ばれてもすぐに行けるという理由でしたが,勤務に向かう時間,つまり時間への意識を身に付けられたことは,より成果も発揮しやすくなった理由と考えています.
 もし片道1時間,往復で2時間の通勤時間を要する職場があったと仮定しましょう.私たち開業医は,月から土曜まで出勤したとしておおよそ年間300日出勤することになります.すると年間で600時間,それは25日に相当します.開業期間を25年として計算すると625日,つまり積もり積もった時間は,おおよそ1年半にもなるのです.
 もちろん,通勤時間はやむを得ない時間として捉えることも必要とも言えるでしょう.ただし,時間は命なのですから,通勤時間をどう過ごしていくかというのは,命の使い方にも関わるのです.ただボーっとゲームをするとか,SNSで暇潰しをするだけの時間であってはならないと思います.最近ではオーディオブックというCD で本を読める,本を聞けるサービスもあります.通勤時間には本を読んだり,あるいは自己啓発系のCDを聞くのもいいでしょう.いずれにしても,例え通勤時間でも時間という大切さには変わりありません.どのように使うかが大事です.
 余談ですが,ランチェスター戦略に関して著名な竹田陽一さんは,ピーター・ドラッカーのマネジメントの本を繰り返し繰り返し読みたいと思ったことから,当時一般的ではなかったテープを聞きながら学ぼうと考えたそうです.そして,プロの朗読家に数十万円を支払ってドラッカーの本を朗読してもらいテープに落としたそうです.時代は変わって21世紀,そういった労力もなくわずか数百円でオーディオブックを購入できる時代となりました.
 すでに開業地を決め,自宅からの通勤に時間がかかる方もいらっしゃるでしょう.そのような場合は,通勤時間の中で何ができるかということをいろいろと模索してみることをお勧めします.
 現在私は,自分の好きな場所で,好きな人と仕事をしています.今の私は毎日が楽しくて仕方がありません.そんな毎日なのでより成果も出やすく,正の循環が回っているような気がしています.

2 スタッフの採用
 私は開業してから,たくさんの失敗をしてきました.その中で一番印象に残っている失敗は,スタッフを採用したものの,勤務3日後に突然出社して来なくなったことです.そのスタッフは,25歳ぐらいだったでしょうか,笑顔がとても素敵な女性でした.喜んで働いていると思っていたのですが,突然連絡もなくクリニックに来なくなってしまいました.携帯電話も繋がらず,自宅の固定電話にも応答がなく,私自身,いまだにどうして来なくなったのかわかりません.
 ただ一つ言えるのは,私自身,採用に関してどこまで自分が学んでいたのだろうかということです.彼女がどういう理由で辞めてしまったのかはわかりませんが,そこから,私の採用に関しての学びが始まりました.それまでスタッフの採用試験は,私が履歴書を基に話を聞く簡単な面接だけで,その場で採用を即決していました.しかし現在では,マネージャーをはじめとした複数の現場のスタッフの目でみてもらうほか,パソコンのテスト,筆記テ
スト,CUBIC 検査(いわゆる適性検査)などを行った上で,総合的に判断し
て採用するようにしています.
 最初に新規スタッフ採用の失敗という学びがあったからこそ,現在の安定した採用試験に繋がりました.失敗は経験と捉え,重要なことは同じ失敗をいかに繰り返さないような対策をとるかであり,物事は,このような段階を経ることが非常に大切なのではないでしょうか.私はこれからも多くの失敗を経験するとは思いますが,どんなに大きな失敗がふりかかろうとも,その失敗は,法人をよりよくするための大きな機会,いいチャンスであると捉え,常に前向きに取り組んでいきたいと考えます.

3 広告掲載
 開業当初のある日,クリニックに雑誌の掲載依頼の営業マンが来ました.雑誌と聞いた瞬間,よい宣伝媒体になると思いその話に飛びついてしまったのですが,その雑誌というのがいわゆる全国の官公庁におかれる専門誌で,発行部数も非常に少なく数百部程度のもので,雑誌掲載といっても広告料を要求されるものでした.あとになってみると,ただ広告料目当てのインタビュー記事だったわけですが,著名な野球選手との対談という体裁を取っているものでもあり,その広告に対して期するものがありました.
 とはいえ,何といっても雑誌の発行部数は数百部,そして設置エリアが全国,ということで,私のクリニックのターゲット市場とは全くかけはなれたものでした.そしてそれに対して,数十万円を投資したわけです.
 自分の浅はかさによる失敗でしたが,以後そのような雑誌掲載に関してはしっかりと費用対効果を検討し,エゴではなく自分の患者さんにとって告知すべき内容であるかどうかといった基準で判断するようになりました.それ以来,広告に対しては常に積極的に,年間売り上げの3%指標として,地域の皆さんに認知していただこうと努力を続けています.

 その他,患者さんからいただいたお叱りの言葉,あるいはクリニック内での不手際などに対して,私が,直接ご自宅まで謝罪にお伺いしたことなど,まだまだたくさんの失敗がありましたが,失敗したことと片付けるのだけではなく,そこから学び,身に付けることがたくさんあることに感謝し,次に出てくるであろうさらに大きな問題・課題に対して,よりやる気をもって取り組んでいこうと考えています.

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『12人の医院経営ケースファイル』刊行記念!

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