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違いを楽しむ「サードウェーブ」のコーヒー。魅力を伝える広島のバリスタたち

 コーヒーの「サードウェーブ(第3の波)」。コーヒーの豆や味、店の個性を重視するブームのことで、ここ10年ほどで広がってきました。広島市内でもサードウェーブ系の店が増えています。違いをいかに楽しみ、味わうか。その案内役として、バリスタたちがさまざまな場をつくっているようです。(田中謙太郎)

教室や試飲、おいしさの理由を体感

 「ハンドドリップは繊細な味に、フレンチプレスやエアロプレスはまろやかになります」。広島市南区宇品神田の専門店「BASKING COFFEE(バスキングコーヒー)」。店主の長坂達也さん(40)が、20代の女性客に丁寧に手ほどきをしていた。月1回ほど開く体験教室では、使う道具によって変わってくるコーヒーの味わいを体感できる。

 豆ごとの風味は果実などに例えて伝える。同じ中南米産でもグアテマラはライム、ホンジュラスは香り高いワイン…。コロナ禍で自宅にいる時間が増え、見よう見まねで入れ始めたという女性客も納得の表情だ。
 2020年に開店した。8種類の焙煎豆を販売しており、長坂さんが入れるコーヒーやラテも味わえる。試飲ができるのも楽しい。豆の特徴や産地のストーリーを説明してもらえる。

 「なぜ、おいしいのか。理由が分かるとコーヒーが一段と面白くなります」。心掛けるのは声をかけやすい雰囲気だ。自分好みの焙煎豆に出合い、自宅で試そうと買い求める若者たちも少なくない。

違いを楽しむサードウェーブ

 サードウェーブのコーヒー店は、広島市内でも2015年ごろから増え始めた。「スペシャルティ」と呼ばれる高品質で少量生産の豆を仕入れ、焙煎して販売したり1杯ずつ抽出して提供したりするスタイルが中心だ。


 コーヒーの味も従来と違い、むしろ酸っぱい。豆を短時間で「浅いり」に焙煎にするからだ。苦みが抑えられて、もともとの酸味が消えにくい。同時に甘みも感じやすくなる。
 手頃な価格のコーヒーが米国の家庭に普及した19世紀末からのファーストウェーブ、「スターバックス」など米シアトル系チェーン店が拡大した1970年代以降のセカンドウェーブでは、味の均一さが重視されていた。違いを楽しむサードウェーブは、個性に光が当たる時代の流れにも合う


店と人をつなぐバリスタ

 店の枠を超え、出張もしてサードウェーブの魅力を伝えるバリスタもいる。川本めぐみさん(34)は、中区三川町のホテル「KIRO(キロ)広島」1階にあるコーヒースタンド「cicane liquid stand(シカネリキッドスタンド)」の日替わり店主。知人と運営する別のコーヒースタンドや、青空市などのイベントにも出かけている。

 あちこちで出店していると「最近フルーティーなコーヒーが多いですよね」と、客に声を掛けられることも多い。関心に合わせて、お薦めの豆や専門店の情報を届ける。川本さん自身、浅いり豆のコーヒーに引かれ、名古屋市の有名店で学んだ。「私もファンの一人。いろんな店で飲み比べると楽しさが増す」とほほ笑む。店と人をつなぎ、ファンを増やすことがやりがいだ。

オリジナルメディアで魅力発信

 コーヒーの味だけでなく、背後のドラマにも魅力がある。その発信に力を入れるのは、広島市西区庚午北にある自家焙煎豆専門店「MOUNT COFFEE(マウントコーヒー)」の店主山本昇平さん(43)。フリーペーパー制作やインターネットラジオ「ポッドキャスト」の配信をしている。

 山本さんが聞き手となる対談やインタビューがメイン。相手は酪農家や陶芸家、書店主、俳優たちだ。登場する人たちの、素材やつくり上げたものの個性を大切にする姿勢は、コーヒーの楽しみ方と通じ合うのだという。「読んで、聞いて、コーヒーを見つめ直してくれたらいい」。豆の買い付け人に、産地の歴史や気候変動による栽培への影響を語ってもらうこともある。
 「コーヒーから、暮らしにまつわる文化や世界の課題が見えてくる。好奇心を刺激されるお客さんも多いです」と山本さん。場の力が、おいしさの向こう側へと人をいざなう。

ブームから文化になるには

 サードウェーブのコーヒーブームは、2000年代に米国で起き、日本では2010年代に盛んになった。「この潮流は、コト消費と結びついています」。コーヒー文化を研究する広島修道大(広島市安佐南区)の中根光敏教授(社会学)は、そう指摘する。
 グローバル化とインターネットの発達で、世界のありとあらゆる物や情報が手に入る時代。その分、何に価値があるのかもわかりにくい。体感する「コト」でこそ、飲み手のニーズが満たされていくのだという。
 使われるスペシャルティの豆は生産国や農園、品種、精製方法が明記されている。産地に負担を掛けない取引もうたわれている。そうした情報と共に抽出後の香り、口に含んだ時の甘みや酸味を味わうことで、特別感が増す。

 さらに「店の内装やバリスタの雰囲気が魅力を引き立てる」という。場や交わされるコミュニケーションにより、一杯の価値はいっそう高まる。大手よりも小規模事業者のコーヒー店が脚光を浴び、イベントが多いのも特徴的だ。
 ただスタイルを消費するだけでは、一過性のブームに終わるかもしれない。中根教授は「今のグローバル社会では、生産者と消費者が直接つながることができる。風味の違いを理解したり、産地の知識を深めたり現地に赴いたりする飲み手が増えると、文化として豊かになるでしょう」と話している。