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特殊詐欺を防ぐ漫画の主人公「とめちゃん」は自分自身?制作する広島県警の女性警察官に直撃しました。

 「信じちゃダメ!」と特殊詐欺の被害を水際で防ぐ女性警察官「とめちゃん」の奮闘を描いた4こま漫画が、広島県警のホームページ(HP)などで公開され、啓発に一役買っている。作者は、とめちゃんと同じく後ろ髪を一つ結びにした巡査部長の石川優さん(36)。おせっかいだけど何だかほのぼのする主人公のモデルは、やっぱり石川さんなの? 本人に直撃しました。(岩崎新)

机には96色のクレヨン、びっしりの絵コンテ

 8月末、広島県警本部の生活安全総務課を訪ねると、石川さんが最新作の仕上げに取りかかっていた。机には、96色入りのクレヨンに画用紙、漫画の構想でびっしりの絵コンテが広がっている。「正しい情報を届けるのはもちろん、分かりやすさ、面白さも大事なんです」。真剣な表情で丁寧に色を重ねていく姿は、まるで漫画家のようだ。

連載は2021年から14本!最新の手口を発信

 連載は2021年7月にスタート。描くテーマは、還付金詐欺やショートメッセージサービス(SMS)を使った架空請求、警察官を装ったキャッシュカードのすり替え、老人ホーム入居権を巡る名義貸しトラブルなど、その時に流行している特殊詐欺の手口だ。2022年8月末までに14本を掲載。広島県警のHPのほか、インスタグラムやフェイスブック、ツイッターで発信している。

 ストーリーは単純明快。3年目で交番勤務のとめちゃんが、お年寄りたちを必死で説得したり、犯人を撃退したりして被害を「とめ」る。手口もわかりやすく解説。ATMの利用限度額の引き下げといった具体的な対策を呼びかける。とめちゃんが実家のおばあちゃんとほっこり過ごす日常や、広島県警のポスターに登場する広島東洋カープ元捕手の達川光男さんを「グラウンドの詐欺師ね」と紹介してくすっと笑わせる一面も魅力だ。

 制作作業は、最新の手口をリアルタイムで発信するため短期集中。新作を公開する月末に向け、同僚とテーマを決めてから1週間ほどで完成させる。オチを含むストーリーは帰り道や自宅で練り、当直勤務の合間に作業をすることも。文字による説明を極力減らし、読んだ人の印象に残るよう、登場人物の表情や動作を大げさに描く工夫も凝らしている。

 

えっ?漫画は素人!とめちゃんの絵は進化

 さぞかし、これまでの漫画の実績も豊富なのだろうと思っていると、「素人ですよ」と予想外の答えが返ってきた。

 幼い頃に母親が持っていたみつはしちかこの漫画「小さな恋のものがたり」に夢中に。少女漫画雑誌「りぼん」で「ママレード・ボーイ」や「ご近所物語」を愛読していた。でも、本格的に絵を描く経験はなかったという。

 “証拠”に、初期のとめちゃんの絵を示してくれた。確かに、手足は棒で、現在と比べるとシンプルな顔立ち。「自分でも絵が上手になったなあ、と。とめちゃんがすごく成長しちゃった」と、恥ずかしそうに笑う。

 仕事で初めてイラストを描いたのは、2017年に配属された県警警務課時代。採用担当者ブログで同僚を似顔絵で紹介した。犯罪抑止を担う生活安全総務課に異動した2021年4月、広島県警の特殊詐欺サイトのリニューアル話が持ち上がり、イラストによる啓発を思いついたそうだ。外部委託では制作に時間がかかるため、セルフプロデュースしようと自ら手を挙げた。

広がる反響 作品を並べたパネル展も

 手探りで始まった連載は次第に評判を呼び、地元企業や自治会の広報誌、ケーブルテレビの番組での使用依頼が舞い込むように。啓発チラシや封筒といった県警内部での活用も広がった。作品を並べたパネル展も企画され、今年9月7日まで2週間、広島市中区のアクア広島センター街8階で開かれた。「こういう展開になるとは」。想定外の反響を喜ぶ。

 石川さんの話を聞きながら、気になっていた質問をぶつけてみた。「とめちゃんって石川さんがモデルなんですか?」。すると、「友人にも『モデルでしょ』『性格も似ているね』とかって言われるけど、違うんです」と否定。一方で「とめちゃんは、おてんばでおせっかいで、根っからの正義感があって…って私みたい。だんだん似てきたんですかねえ」と苦笑いする。

特殊詐欺の話になると、表情がきりり

 親しみやすい石川さんだが、現実の特殊詐欺の話に移ると、表情がきりっとする。広島県内の被害額は2014年の約16億3千万円をピークに減少が続いたものの、2021年は約4億7千万円と7年ぶりに増加に転じた。今年は7月末現在、約4億5千万円に上る。歯止めがかからない現状に危機感を募らせ、「常に警戒心を持ってもらうために描き続けてきました」と話す。

 力を入れるのは漫画だけではない。詐欺を啓発する封筒のイラストもデザイン。コンビニであった模擬訓練では、自ら被害者役を演じ、店員を相手に迫真の演技を披露した。「相手は焦らせたり、うまい話を持ちかけたりして揺さぶってくる。一瞬でも『詐欺では』と疑う気持ちがあるかどうか。世代に関係なく、自分事として考えてほしい」

 東広島市出身で、安田女子短期大を卒業後、3年間販売職を経験。2010年4月に広島県警に入り、刑事や県警音楽隊など幅広い分野の仕事に携わった。学生時代に親身に接してくれた女性刑事への憧れが、「県民に身近な警察」を目指す原動力になっているという。

「県民を守る」まっすぐなまなざし

 多忙な業務の傍ら、仕事の幅を広げようと、この春、「警察官兼大学生」になった。京都橘大健康科学部の通信教育課程で心理学を学び、8月に公認心理士の国家資格を取得。「仕事をこなすだけじゃなく、自分で考えて何か一つやり遂げるのがモットーなんです」と向上心は尽きない。

 9月1日付で別の部署への異動が決まった石川さん。自身の手がける最終話は9月末に公開予定だ。「機会があればまた描きたい気持ちはあります」と寂しさをのぞかせながら「県民を守るという目的はどの部署でも同じですから」。まっすぐで熱いまなざしは、とめちゃんそのものだ。