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成長の早い赤ん坊と怪鳥の話

何かから逃げるように広めの国道を北進していた。スピードの出ないマニュアル車だった。文具店に寄るが棚はほぼ半分くらいは空になっている。コクヨが問題発言で炎上して、不買運動が広がっているらしい。店のじいさんは、もうこの店はたたむのだという。その後、ホームセンターや古道具屋にも寄る。リサイクルショップの棚にはガラスのグラスがひしめき合っている。はみ出して棚から落ちそうなグラスがあったので、少し押し込むと別のグラスが押し出されて落ちる。派手な音が鳴ったのでドキドキした。落ちたのは足つきの背の低いグラスと、底の平たい切り子のグラスふたつだった。両方とも割れず、傷もない様だったのでそっと元に戻した。

高校前の横断歩道にさしかかり、ここに来るのが目的だったと思い出した。その日は同窓会というか、卒業したけれども卒業していない人のための亡霊の様な集会が催されていた。誰が出席していたかは覚えていない。結構な人数がいたと思う。

家に帰る。岸田文雄の自宅紹介みたいな番組で、緑の絨毯が映る。あれ、うちのと一緒だよと母に話す。父はキッチンに立って夕飯の支度を進めていた。絨毯の上に寝転がると、同じ目線のところに目があって、それは生まれたばかりの赤ん坊だった。赤ん坊はハイハイしながら近づいてきて、僕に興味を持ってじっとこちらを見ていた。撫でたり手を握ったりしていると、従姉妹と祖母が帰宅する。赤ん坊は僕と弟に任されるが誰の子かわからない。弟と遊んでいる赤ん坊は、油断すると細い足を風で開閉する扉に挟まれそうになるので、扉を押さえていなければならなかった。味見をしてくれとキッチンから声がかかるが身動きが取れない。弟が赤ん坊を抱き上げたタイミングでキッチンへと向かう。唐揚げと中華料理が大皿に盛り付けられている。一口もらうと大変美味い。父は味付けをもう一つ足そうとしている。母は唐揚げの鳥が大きいのだとはしゃいでいる。

よく食べて眠ったのだろう。起きると実家ではなく、知人の住むアパートになっている。なるほどあの赤ん坊はこの夫婦の子だったか。夫は高身長の筋肉質で、妻は快活な印象。上の子二人が広いリビングの真ん中にプラレールを敷設して遊んでいる。成田エクスプレスがミニ四駆くらいのスピードを出して、最後のコーナーでいつも脱線してしまう。僕は遠心力対策で、最後のコーナーに角度をつけて乗り切る提案をする。積み木で角度をつけると成田エクスプレスはすんなりと通過して、やがてぐるぐる回るだけの袋小路に迷い込む。そこにドアを開けて一番下の子が入ってくる。身長は100センチくらい。立ち上がってじっとこちらを見ている。昨日まで赤ん坊だったのに、いくらなんでも成長が早すぎやしないだろうか。髪の色は明るい緑で草原を思わせる。下の子は不敵に笑い、「早くこの家を出た方がいいよ」と僕に忠告する。

窓から外を見ると海が見える。見下ろすのではなく、ほぼ海面と同じ高さに家はある。思えば先ほどからゆっくりと揺れている様にも感じる。海の上に浮いているのだろうか。気になって表に飛び出すと、コーラルカラーのタイルが敷き詰められた広場に出る。遠く向こうには水族館と土産物屋が建っている。観光地の広場の一角にある、実験的な住宅らしい。後ろからついてきた奥さんが説明する。ここはきたる将来のため、海の上でも生活できるかどうか、実験するための施設だという。奥さんは、家の脇に設られた菜園から、大きめのモウセンゴケの様な植物を手掴みで摘む。
「森が遠いからね、虫とかも来ないのよ」
「でも、塩の苦手な植物は育たないでしょう」
それは確かにねと言って、奥さんは摘み終わったモウセンゴケの束を持ち台所へと向かう。タイルの広場は地面だが、家だけが波に合わせて揺れている。心なしか、少しずつ沈んでいる様にも見える。だから言ったんだ、と女の子の声がする。振り返ると、緑の長い髪をポニーテールにした少女が立っている。きっとあの赤ん坊だろう。彼女は「私は先に下りるから」と言って、どこからか巨大な鳥を呼び出すと、それにまたがり飛び去ってしまう。鳥の舌はティラノサウルスになっていて、ティラノサウルスが食べたものはティラノサウルスの栄養になるのか、鳥の栄養になるのかがわからない。後日、商店街で人を喰った鳥は処分されたが、女の子の姿はどこにもなかったという。

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