見出し画像

ピンチョスは小さな船に乗った夢【フィゲレス】

スペインは訪れる季節によっておおきく印象が変わる。わたしが最初に訪れたのは2月下旬の桜が咲く頃。深い青空に鮮やかな緑、そして桃色が映えるとき。

それはフィゲレスというフランスから車で1時間もかからない場所でのことだった。日本でも見るような花をまさかこんな小さな都市で見れるとは思わなかったので、想定外の街並みになんどもなんどもその美しさを写真におさめた。

ヨーロッパの建築と広場に置かれたテラス席に和の花がちらちら。まるで夢のような光景だ。この日は平日だからか人も少なくて街を満喫するには十分な条件。街の中心にはダリ美術館があり、普段はダリの作品目当てに多くの観光客が訪れている。ただしマドリードやバルセロナのような華やかさはなく、スペインとフランスが混ざった雰囲気を静かにまとっている、そんな街フィゲレス。

レストランでもフランス語を使える場所は多く、タクシー運転手におすすめの場所を聞くと紹介されたのがタパスバーの「Lizarran」である。

メニューにもしっかりと多言語表記。カタルーニャ語、スペイン語、フランス語、英語の記載がある。

国境から近い分、フランス人の訪問者が多いのだろう。店員のお兄さんに「フランス語で話せる?」と聞くと、面倒がらず、英語よりも流暢に話してしっかりと対応してくれたのが嬉しくてわたしはあれやこれやと注文してしまった。ピンチョスはカウンターに美しく並べられているのだが、お兄さんはお皿に載せてテーブルまで運んでくれる。「これ!」と指をさして伝えるだけでサーブしてくれるので、言葉ができなくても大丈夫。

手前にあるのがナスやパプリカにアンチョビが乗ったピンチョス、エビのフリットにトマト煮込みの野菜が乗ったピンチョス、カマンベールのピンチョスなど...具材は、バゲットという小さな器に堂々と居座っている。色使いにしても盛り付けにしても、フランスの"ちょこん"とした、ちんまり"としたものとは異なり豪快で盛大な、このピンチョスの世界に心底スペインとフランスの文化の違いを感じた。

まるで、小さな船に乗った大きな夢のようだ。どこまでも挑んでいけそうな潔さと強さを兼ね備えた船。

夕方5時頃。店内には年配の女性グループが女子会を開いてピンチョスとカフェとともにぺちゃくちゃとおしゃべりをしている。会話は呼吸のタイミングを忘れるほどに止まらない。感情が起伏なのか時折大きな声になったり、または秘密を共有するかのように小さな笑い声をあげている。

すばらしい日常である。

わたしはのちに1ヶ月ほどスペイン北西部を歩いて過ごすのだが、この時に訪れたフィゲレスの街並みはどこかスペインでも夢の中だったようにふわふわとした記憶が残っている。それは訪れた時期のせいか、またはダリがかけた魔法のせいか。今度は夏の時期に、訪れてみたい。

「Lizarran」Narcís Monturiol, 3, 17600 Figueras, Girona, Spain

お読みいただきありがとうございます。サポートは社会の役に立つことに使いたいと思います。