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戦略実行力を高めるための教育制度を構築する


人材あってこその戦略

コンサルタントとして企業のお手伝いをしていると、プロジェクトの支援だけでなく人材育成のお手伝いをする機会も多くあります。プロジェクトの中でプロジェクト・メンバーに会合の事前準備の方法や関係者への案内の方法などについて助言を提供することもありますが、通常、人材育成の支援は教育(つまり、研修)という形態で行います。

企業から依頼を受けて実施するということもありますが、多くの場合、プロジェクトの進め方や関係者の反応などを見て、私から「〇〇について、階層別研修に盛り込んだ方が良いのではないか」と企業に提案します。私がコンサルタントの立場から提案するだけでなく、中産連の営業担当者(中産連では「企画職」と呼んでいます)がクライアント企業の経営層の話を伺って、必要な教育について提案をするケースも多いです。

どのようなオーダーであっても、研修講師としての私のメインテーマは「この受講者たちを『企業の戦略の実行主体』とするために何を教え、何を考えてもらうべきか?」ということです。経営と事業に関する構想や戦略の構築をお手伝いする身として、戦略実行力のある人材の育成は私自身にとっても重要な課題だからです。

どんなに優れた戦略でも、実行する人材がいなければ、あるいは企業に実行力がなければ「絵に描いた餅」です。そもそも、自社で実行不可能な戦略を描いたところで、それは「優れた戦略」とは呼べません。戦略は「自社にとって実行可能」でなければ価値がありません。

その意味で、戦略というのは固有性を持つ概念です。どの企業にとっても価値のある戦略とか、どの企業でもこれをやれば成功できる戦略というものはありません。ある企業にとって有効な戦略が別の企業にとっては全く有効でないということは多々あります。

戦略の有効性を左右する要因として、事業や製品の特性、競争状況、市場や顧客の状況、自社の経営資源などがありますが、この中で経営資源は企業自身の戦略実行力の水準を決めるという意味で極めて重要です。描いた戦略を実行するために必要な資金や設備がない、あるいは人材がいないという状況では、どのような「美しい戦略」も無意味なものになります。

今後ますます人材の専門化と社内コラボレーションが必要になる

特に、人材については育成に時間がかかるため、長期での計画と着実な実行が求められます。人材は「お金があるから買ってこれる」というものではないということです。

この状況を戦略の側から見ると「戦略を立てたからと言って、その戦略を実行できる人材が簡単に見つかるわけではない」ということになります。

これは戦略にとって由々しき事態です。実行できないのなら、戦略を立てる意味がありません。

実際に、経営層が戦略を立てたものの、現場が動かなくて実行が中途半端になってしまったというケースを目にすることはあります。お手伝いをしている企業で親しくなったプロジェクトのメンバーや関連部署の人に話を聞いてみると、現場の本音としては、実行したくないというよりは「(「これが新しい戦略だ」と言われても)どうやって実行したらいいのかわらかない」と戸惑う人が多いようです。

「それなら現場の戦略実行力を高めればいいじゃないか」と考えるのは自然な流れで、かくして私も企業(特に中堅・中小企業)の戦略実行力を高めるための人材育成に興味を持ち、実際に研修を担当しているというわけです。

人材育成について企業が注意すべきことは、年々、人材の専門化の必要性が高まっているということです。技術革新の進展によって、個々の技術についての深掘りが必要になり、知識吸収や技能向上を限られた狭い専門領域に限定しないと、革新のスピードについていけないからです。

一方で、個々の人材が専門化すると、様々な領域で専門化した人材を集めてチームとして機能させる仕組みが必要になります。これを「社内コラボレーション」と言いますが、このコラボレーションというものが非常に難しいのです。

戦略の実行のために様々な専門化人材のコラボレーションが必要になることは珍しいことではありません。特に、現在のように解決すべき問題や取り組み課題が高度化、複雑化して各領域で人材の専門化が起こると、問題解決や課題達成には専門化した人材が問題ごと、課題ごとに集まってチームを形成して活動する必要が出てきます。

このとき、自社の人材がそれぞれの領域で深く専門化していればしているほど、戦略実行力の「ポテンシャル」は高まります。ここで「戦略実行力」ではなく「戦略実行力のポテンシャル」と言ったのは、個々の人材がバラバラでは、いくら能力の高い人材が集まっても、全体として高い実行力を発揮できないからです。いわゆる「烏合の衆」です。

チームが烏合の衆にならないためには、有能な社員がコラボレーションできる条件を整える必要があります。

共通部分と専門部分

社内コラボレーションは社外とのコラボレーションよりも効率的であるべきです。せっかく身近なところにいる専門人材同士ですから、社外とのコラボレーションよりも頻繁かつ濃密なコミュニケーションが可能でなければ、組織としての優位性を確保できません。逆に、そのようなコミュニケーションができるのであれば、コラボレーションは効率的になり、価値創造も効果的に行われるはずです。

しかし、実際には社内コラボレーションがうまくいかないケースも多くあります。部門間の綱引きや駆け引き、過去のいろいろな経緯による人間関係のこじれ・不信感の高まりなど、社内コラボレーションを阻害する要因が存在すると、社内コラボレーションはうまくいきません。

また、専門化が部分最適化(部門最適化)やタコツボ化につながってしまうと、効果的な社内コラボレーションは難しくなります。そうした「コラボレーション不全」を防ぐためには、人材を完全に専門化するのではなく、意図的に「共通部分」を残すことが有効な対策となります。

共通部分とは、「企業が向かう方向に関する共通認識」、「実際の行動を起こす際の手続きに関する共通認識」、「役割分担に関する共通認識」などのことを指します。共通部分がしっかりしていれば、専門分野の異なる人材であってもコラボレーションしやすくなります。

教育制度は人材育成の金型

この共通部分を形成するために必要なものが社内の教育制度(教育体系と教育計画)です。

優れた人材、良質な人材が集まっていることを「人材の粒が揃っている」と言いますが、人材の粒を揃えるためには全社共通の人材育成の「体系」が必要です。

この「体系」は製造現場の金型のようなものです。金型が高品質なら高品質の製品ができます。人材育成における金型は社内の教育制度です。良質の人材育成体系で教育を実施し、階層ごと、年齢層ごとに計画的に課題に取り組んでいけば、「その企業が大切だと思う価値観、思考法、知識、技能」を多くの従業員が吸収できます。

教育を体系化し長期的な計画に基づいて実施すれば、異なる階層、異なる年齢層が時間差で共通の経験をすることが可能になります。

学校時代を思い出せば理解できると思いますが、先輩から「○○先生の授業を受けたか?」と聞かれた経験は誰にもあると思います。「○○先生は面白い」、「△△先生は宿題が多い」など、同じカリキュラムを同じ先生から教わっているからこそ、年齢に差があっても、また授業を受けた時期が1年、2年とズレていても「時間差での共通体験」が可能になるのです。

社内の教育も同様です。私が企業内の研修で意識しているのは、階層ごとの教育内容に加えて、なるべく階層縦断的に(つまり、社内の縦の関係において)共通の認識や価値観を持てるようにするということです。

教育を通じて階層縦断的な共通項を増やすためには、長期構想に基づく教育制度が不可欠です。最低でも5年は堅守するつもりで制度設計をすべきでしょう。

逆に言うと「改善」を口実に、一度決めたことを頻繁にひっくり返さないということです。

教育制度というのは、30年、40年にわたる従業員のキャリア形成を左右する重要なものです。できるなら、骨子となる部分は5年以上(できれば10年以上)継続させることが望ましいといえます。

カリキュラムや研修内容についても、専門教育は時代にマッチした内容を随時取り込んでいく必要がありますが、自社として重要な価値観やビジョンについては、どの階層にも「わが社で働く際の『共通基盤』はこれである」というメッセージを伝える必要があります。

日本のサラリーマンのことを「金太郎飴」を揶揄することがありますが、金太郎飴にも「良い金太郎飴、悪い金太郎飴」があります。

良い金太郎飴というのは「自社の価値観や自社が提供するソリューションの核、自社の戦略のポイントを(自分勝手な理解ではなく、他の組織メンバーとの)共通理解として正しく把握している人材」のことです。「大事なことについては、みんな同じことを理解している状態」です。良い金太郎飴は、個性や専門性を十分に持っていますが「ここを踏み外してしまうと会社の価値を毀損してしまう」という限界線も理解して、それを踏み越えないようにします。

逆に悪い金太郎飴というのは「なんでもかんでも右へ倣え、前へ倣え、上へ倣えで、自分で何も考えずに判断も行動も他人に委ねてしまい、結果として『判断を伴わない同質行動』をとる人材」のことです。

人材育成においては、会社として「ここだけはしっかりと理解して、腹に落として判断、行動してほしい」という核の部分に関しては、精度の高い金型で製造した製品のように人材の粒を揃えることをめざすべきです。そのためには、長期の使用に耐えうる教育制度、つまり人材育成の金型を作る必要があります。

教育制度の作り方

最後に、教育制度(人材育成の金型)をどのように作るかを説明して、この記事を終えたいと思います。

企業の状況(特に現在実施している教育や現状の教育制度)を考慮して、多少進め方が変わることはあると思いますが、大枠で以下のステップを想定していただけば問題ありません。

1.自社に関して「こうありたい」という「めざす組織像」を描く
2.自社がめざす組織像を実現するために必要な「人材像」を描く
3.既存の人材や採用の実態を踏まえて「人材育成の方針」を決める
4.人材育成の方針に基づいて「教育体系(研修体系)」を作成する
5.教育体系に含まれる各研修の「研修内容」を検討・確定する
6.教育体系に基づいた「全社の教育実施計画」を作成する

これが教育制度(=人材育成の金型)の作成手順です。企業ごとに重点の置きどころが変わることはありますが、大筋で上記のような進め方で教育制度を作成していただけば良いと思います。

人材の能力を見るときは、以下の3つの点に着目する必要があります。

①全社に共通する価値観や思考法、仕事の進め方などに関する知識・情報
②各自の専門分野での専門知識・専門技能
③個々の人材の個性や独自性

今回「人材育成の金型」と言って解説したものは、上記の①と②を強化するための仕組みです。

まとめ

現在はダイバーシティ経営や個性など、「個の力」が求められる時代です。業界の勢力図が書き換えられ、消費者のニーズが多様化し、環境対応などの高度化が求められ、さらには海外勢など新たな競争相手が現れ、事業環境は複雑化し、直面する問題は高度化しています。

企業がそのような状況に対応するためには、専門性の高い人材を使いこなす必要がありますが、社内の異動があって管理職が交代したり、部内のメンバーが入れ替わっても従来と同水準のマネジメントを維持するためには、人材に関する共通項・共通基盤が必要になります。

組織メンバーの専門性が高ければ高いほど、この共通項・共通基盤の重要性は高まります。共通基盤があることで、専門化人材がタコツボ化せずに相互理解可能なコミュニケーションを取れるようになるからです。

組織の将来像、望ましい人材像を描いた上で「自社に必要な教育制度」を作成することは、必要な人材を長期で安定的に確保するための「精緻な金型」を持つことに等しいといえます。

個々の技術テーマや能力向上課題、リスキリングなど、人材育成については昨今いろいろなキーワードや概念が巷に溢れています。そのようなキーワードや概念を自社の人材育成にうまく取り入れるためにも、人材育成の根幹となる教育制度を作成する必要があるでしょう。

「何でも自由にやっていい」ではなく、「ここは外さないように、しっかりと学んで理解してほしい」という「核」や「基盤」と言うべきものを示し、会社が責任を持って教育を実施できるかどうかは、組織の戦略実行力を左右する重要な問題です。

部門横断的に「横串」を刺すことの重要性はよく説かれます。しかし、部門間の障壁と同じかそれ以上に、世代間、階層間の障壁は大きいです。社内イベントの減少など、仕事外での体験共有の機会も減っています。また、環境変化のスピードが速く、「同世代」の感覚も極めて狭い範囲の年齢層でしか共有されなくなっているようにも感じます。

このような状況では、横串だけでなく「縦串」も必要になります(「縦串」という言い方が日本語として正しいのかどうかはわからないですが)。

新しい上司がやってきても「会社のめざす方向」については上司と部下で共通認識ができている。他部署に異動になっても共通基盤・共通認識をベースに仕事ができる。社内がこういう状態になれば、社内コラボレーションも活発かつ効果的に行われるでしょう。

「戦略実行力向上のための社内教育制度の(再)構築」は、企業の長期の成長力を左右する重要課題だといえます。

教育効果を近視眼的に捉えず、目の前の問題解決のための育成ではなく、長期の戦略実行力の向上を意識した、人材育成の金型としての教育制度の構築をめざしていただきたいと思います。


(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。


中部産業連盟では、企業の人材育成体系・人材育成計画の作成をお手伝いしています。人材育成の体系づくりにご興味のある方は以下にお問い合わせください。

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